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極北の地にて/ジャック・ロンドン

極北の地にて
ジャック・ロンドン

My評価★★★★☆

訳:辻井栄滋・大矢健
新樹社(1998年7月)
ISBN4-7875-8462-6 【Amazon

収録作:極北の地にて/生の掟/老人たちの結束/千ダース/生命にしがみついて/マーカス・オブライエンの行方/焚き火


19世紀末のゴールドラッシュ時代、カナダ・クロンダイク地方を舞台とする短編をセレクトした日本オリジナル編集。クロンダイク地方は、カナダ北西部ユーコン準州。この辺りは気候的に亜北極気候に属するそうです。
訳者あとがきによると、この地方に金が埋蔵されていることは早くから知られていたそうです。
ところが、1896年にクロンダイク川のほとりで豊かな金鉱床が発見されたことによって、ほとんど全アメリカが狂熱的なほど興奮。この地を訪れた者は25万人にのぼると言われているとか。
ジャック・ロンドン(1878-1916)もその一人で、21~22歳にかけてクロンダイク地方のゴールドラッシュに身を投じたという。このときの体験が後に作家となったとき、作品に多大なる影響を及ぼしたといわれています。
クロンダイク地方のブームは1878年、スペインの植民地キューバの独立をめぐる米西戦争の勃発によって終焉。アメリカ史上最後のゴールドラッシュとなったそうです。

温暖な気候で文明の進んだ快適な町からやってきた男たちは、極北の地の厳しい大自然に晒される。そこには一歩間違えれば常に死が待っている。だが男たちは、自分たちの尺度でしかこの地の自然を見ず、理解しようとしない。人間中心でしか考え行動せず、自然に合わせるということをしない。
しかし厳しい自然は、人間の驕り、脆弱さ、文明というものの脆さを曝け出させる。そして彼らは死を目前にして、生への激しい執着を露わにする・・・。

悲惨な状況にあっても、根源には作者のユーモアがあるように感じられてなりません。
『白牙』『野性の呼び声』は動物がメインになるので気づかなかったのですが、人間主体の物語を読んでみると、全編にそこはかとなく作者のユーモアが感じられました。
この場合のユーモアとは、面白可笑しいというものではなく、生命に対する慈しみから発しているように思われます。ユーモアとは、本質的には愛情から発せられるのではないのかな。愛情をもって見つめるとき、そこからユーモアが滲み出るのではないのかなあ。
『白牙』と『野性の呼び声』もよかったけれど、私としては本書の方が、ジャック・ロンドンという作家とその気質がよくわかるように思いました。しかも、どの短篇も読み応え充分。

『生の掟』は、死を目前にした原住民の老人の物語。『老人たちの結束』は、白人によって部族が壊滅状態に陥ったインディアンの老人が、部族を守るために白人を彼らの土地から追い出そうとする物語で、珍しく原住民側の立場から書かれているのですが、どうしてもやはり白人の視点という感じが否めない。
他は一攫千金を夢見てクロンダイク地方へやって来た男たちの物語で、どの短編も死と隣り合わせるに生きる人々を描いています。『マーカス・オブライエンの行方』は唯一明るくユーモラスな一篇。

極北の地にて(In a Far Country.1899)
クロンダイクの金を目指す一行で居合わせた、事務員の単調な生活を投げ出して膨大な見返りを期待するカーター・ウェザビー。教養と銀行預金があるのにどういうわけか冒険心をおこしたパーシー・カスファート。二人は怠け者で無能、しかしいつも不平ばかり言っているタイプ。
目的地へ着く前に冬がやって来たため、一行は危険を覚悟で千マイル離れた町を目指して強行突破しようとする。
だがウェザビーとカスファートは、広大な奥地に建つ古い小屋(キャビン)に残って安穏と越冬しようとする。

********************

この短編集の中では初期の作品。怠け者で不能で不平ばかり言い、自分のことしか考えないタイプが二人揃ったらどうなるか?結果を予測できないのは本人たちだけ。
しかも極北の自然の脅威がどれほどのものか理解しようとさえしない。自業自得とはいえ、結果は陰惨たるもの。
そんな状況だけれども、一瞬であれど互いに相手を求めるやさしい気持ちが生じるのです。結末は決して暗く陰惨なだけではないんですね。この点が作者の魅力なのかも。

千ダース(The One Thousand Dozen.1903)
食料不足の極北の地へ赴き、卵を売って一攫千金を夢見るデイヴイッド・ラスムンゼン。彼は膨大な借金をして卵を携え、サンフランシスコから蒸気船に乗って北へ向かう。
予想外の出費と、死を賭した艱難辛苦の道のりのために目的地へ辿り着けなかった彼は、出直して再度ドースン(クロンダイクつまりゴールドラッシュの中心都市)を目指すのだが・・・。

********************

ラスムンゼンの恐るべき執念の物語。いやー、恐ろしい。何が彼を突き動かしているのだろう。彼はもはや卵以外に頭になく、卵に比べれば人命など何の価値もない。
全財産を卵に賭けたのだから失敗すれば破滅するしかないのだが、そもそも卵で莫大な大金を手にしようとすることが、破滅的な考えでしかないのでは。他の短編にもあるのですが、欲望を抱いてこの地に挑めば、欲望によって滅びる。要は欲望が理性的な判断力を狂わせるわけですね。

生命にしがみついて(Love of Life.1905)
金を担いで南を目指す男と相棒のビル。食料と弾薬が付き、隠し場所を目指す途中で、男は足首を挫いてしまった。しかしビルは男を置き去りにして行ってしまう。
食料がないまま男はひたすら南下するが、その後ろを病気の狼がつきまとう。男が死んだら喰うためだ。だが、男も狼の肉を喰らおうと考えていた。
船を見た男は、もはや歩けないので這って船を目指す。

********************

極限状態に置かれ、互いの肉を狙う男と狼。食料と弾薬が尽きたとき大自然の中で生きるためには、人間も一動物と化す。こんなとき金には何の価値もなく、まったく役に立たない。
この物語は最後にもうひと捻りあって、同情するよりも、人間は浅ましい生き物なのだなあと思ってしまいました。それほど生への執着が激しいということなのだろうけど。

焚き火(To Build a Fire.1908)
男は今度初めて冬を経験する新参者。寒さを不快としか思わず、仮に多少凍傷にかかったとしても自分は大丈夫。古参者のアドバイスなんて鼻にも引っ掛けなかった。
犬はどこかへ避難し焚き火にあたることを願っていたのだが、男は野営地を目指して歩き続ける。
通常は零下50度ぐらいなのだが、この日は零下75度。旅をするには危険な寒さだった。やっと男は焚き火をしようとするのだが・・・。

********************

自分に絶対的な自信があり、それなりに知識もあるのだが、それがかえって判断を誤らせてしまう。知識が仇となってしまうわけ。
「知っている」と「理解している」は別だということがわかっていない。経験がないのに、経験豊かな古参者のアドバイスを小馬鹿にするタイプ。根本的には、自分の尺度で自然を捉えているわけです。
零下50度で凍傷になると知っていても、それがどんな痛みであるか、助けてくれる人がいないところで凍傷になった場合、命に関わるということが想像できていない。ましてやこの地では死は身近かにあり、彼も例外ではない。そのような状況下で男は火を熾すのですが、このシーンが荘厳と言えるほど、とても印象的でした。(2005/11/22)

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