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アーミッシュに生まれてよかった/ミルドレッド・ジョーダン

アーミッシュに生まれてよかった
ミルドレッド・ジョーダン

My評価★★★☆

訳:池田智
評論社(1992年9月)
ISBN4-566-01246-8 【Amazon
原題:Proud To Be Amish


アーミッシュ宗派の人々が暮らすペンシルヴェニアで、農場を営むオールド・オーダー・アーミッシュ(アーミッシュ旧派。アーミッシュのなかでも、いちばん規律が厳しい宗派)の一家。
一家は両親と、もうすぐ12歳になるケティ、双子のジェイク、もうすぐ23歳になるナオミ姉さん、ナオミ姉さんと年子のイーライ兄さんがいる。また、少し離れた家では祖父母が暮らしている。

ケティはある日、ジェイクが納屋の上でこっそりとラジオを聴いているのを目撃した。ラジオはイーライ兄さんが隠したのだと言う。
ラジオはアーミッシュが持ってはいけない物の一つ。もしこのことが知られたら洗礼を受けられなくなるし、父さんは村の人たちからシャニング(仲間はずれの罰)を受けることになる。
いけないと思いながらも、ケティはラジオから流れる音楽の誘惑に勝てなかった。

ある日、シカゴからグロリアがやって来た。母親が入院している間、祖母の家に預けられたのだ。
グロリアはアーミッシュでもメノナイト宗派(アーミッシュはメノナイト宗派から分離独立した)でもないので、母さんはケティがグロリアから悪い影響を受けることを心配していた。
ケティはグロリアの洋服に見惚れ、都会の話に魅了される。そしてグロリアの持つアクセサリー、特に赤いハートのロケットに魅了された。
グロリアはロケットをケティに貸してくれた。赤い小物も洋服も、アーミッシュが持ってはならない物なのだけれど・・・。

ケティはアーミッシュとしてふさわしくなりたいのに、様々な欲望に勝てない。しかし、模範的なアーミッシュだと思っていた両親も、実は欲望と戦っていることを知る。
ケティは自分自身で、アーミッシュであることはどういうことか悩み考え、成長してゆく。

********************

アーミッシュであるとはどういうことなのかが、わかりやすく書かれた小説。アーミッシュを知るための入門書としては最適ではないかと思います。
ケティたちは学校では英語を習うのですが、日常会話はペンシルヴェニア・ダッチ(ドイツ語)。これは古いドイツ語方言らしい。ドイツ系アメリカ人ということです。

物の溢れた現代。物質的に豊かであっても、精神的に豊かであるという幻想は、多くの人々はもはや信じていないのでは?消費経済・消費社会に生きる私にとって、簡素に生きようとするアーミッシュの姿は新鮮であり、理想的に見えなくもありません。
ケティは自分の欲望と葛藤します。そして自分で悩み考えながら、アーミッシュとして生きようとします。ケティのように、彼らは人間の際限のない欲望を抑制することによって、精神的に平安を得ているようです。
しかしそれは簡単なことではないし、様々な矛盾をも抱えているんですね。さらには、年齢を重ねたからといって、欲望と無縁でいられるとは限らないんですねぇ。

訳者あとがきによると、アーミッシュ宗派の人たちが、初めてアメリカに移民したのは1727年。約300年もの歴史があるそうです。
アーミッシュには、ケティ一家のように古くからの規律を守って暮らす「オールド・オーダー・アーミッシュ」と、新しく作った秩序に従う「ニュー・オーダー・アーミッシュ」に分けられるらしい。
後者は電気を引き、電化製品や自動車を所持。共通しているのは、ラジオ・テレビ・電話・テープレコーダーなど通信機器は持っていないということ。ただし、原書は1970年代初期に発表されているので、現在は状況が変わっているかもしれませんが。
ケティ一家は新聞は取っています。洗礼をしていなければ、天気予報を聴くことだけに限って、ラジオを持っても許されるらしい。

作中にあるように、ラジオについてはアーミッシュの間でも意見が分かれるようです。
アーミッシュは決して世間と隔絶しているわけではないようだけれど、グロリアに対するケティの母親の考えのように、多少閉鎖的であることは否めないのでは。
私がいちばん気になるのは、外界からの情報源が非常に限られているということ。昨今の不安定な世情及び世界情勢や、最新の科学的な環境保護の情報、国の制度についても、耳を閉ざすことにならないのでしょうか。実際には彼らがどのような生活をして、どうやって情報を得ているのかわからないのだけれど。

私には避雷針を設置しないことにこだわる父親が理解できませんでした。
聖書の書かれた時代には避雷針は無かったということが理由ですが、もしあったならば使っていたでしょう。たんに存在しないから使えなかっただけだと思うのです。
避雷針があれば火事にならず、人も家畜も救えるし、木材という資源をムダにしなくて済むわけです。「できるのにしない」なんて、私には正しいとは思えません。

ケティは、「世の中がみんなアーミッシュだったら誰が母親の病気を治してくれるのか」というグロリアの意見に反対できない。医者と看護婦は必要な存在なのです。
また、ガソリンは誰かが油田を開発するだけの技術と技能を学んで習得しており、誰かがそこで働いているからこそアーミッシュは入手できるわけです。
ついでに言えば、アーミッシュは徴兵制度から除外されていたそうです。しかし、他の誰かが戦場へ赴き、なかには戦死しているわけですよね。反面リスクもあり、アーミッシュは社会保障を受けられないらしい。

ともあれアーミッシュという世界は、アメリカという国または人々が許容しているからこそ、存在できるのではないかと思わずにはいられない。許容している理由は何なのでしょうか。それほどアーミッシュの生活に魅力があるから?それだけなのでしょうか。
本書だけでは詳しいことがわからないんですよねえ。もっとも、本から得られる知識だけでは、アーミッシュを理解するのは難しいのかもしれませんが。(2006/5/29)

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