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魔法のことばツェッペリン/トールモー・ハウゲン

魔法のことばツェッペリン
トールモー・ハウゲン

My評価★★★☆

訳:木村由利子
カバー画・挿画:浜田洋子
文研出版(1985年1月)[絶版]
ISBN4-580-80641-7 【Amazon
原題:ZEPPELIN(1976)


10歳の夏、ニナはパパ・マーチンとママ・エバと一緒に、毎年恒例の夏の家へ行って過ごします。
でも、ニナは友だちと遊びたいから行きたくなかった。夏の家に行きたいのはマーチンとエパであり、二人は自分たちの予定でいっぱい。ニナがどんな夏を過ごしたいかなん訊いてくれたことはない。

夏の家へ着くと、誰かが無断で寝泊りしていた痕跡があった。ベッドは乱れ、食料は減っていた!
マーチンは怒り、エバは怯える。寝室には青いズックが残されていて、ニナが近寄って見ると、靴の甲には「ツェッペリン」というう文字が・・・。
はじめマーチンとエバはいつもの夏のように過ごそうとするのですが、忽然と青いズックが消えたことで恐怖心を掻き立てられます。大人たちは正体のわからない事件に怯え、凶悪犯が潜伏しているものと思い込み、ニナに目の届く場所にいるよう言いつける。
でも、ズックを持ち出したのはニナだったんです。ニナはズックの持ち主と知り合い、彼に頼まれたから。
深夜、ニナは彼に会うため、こっそり庭へと抜け出します。
「ツェッペリン」、それはニナにとっての魔法の言葉。この魔法の言葉があれば何も怖くない。月光の射す庭で、ニナと彼はお互いの生活を語り合う。

********************

マーチンとエバは「ニナのため」と言いながら、意識せず、自分たちに都合のいいニナであってほしいと思っているのです。ニナは「いい子」ですが、誰のためのいい子なのでしょう。
マーチンとエバは不可解な出来事によって、怒り怯えます。ニナと両親との目に見えないものに対する「恐れ」への対処の違い。その違いが、親子を理解し合えなくしているのではないかと思うのですが。
一方、ニナはマーチンとエバのようには怖くありません。なぜなら騒動を起こした人物を知っているから。そもそも大人たちが勝手に騒いでいるだけであって、騒ぐほどのことではないのです。

大人とは、子どもが大きくなった人である。ハウゲンはそんな親をよく描きます。
事件を通じてニナは、両親の恐れと弱さを目の当たりにし、親が絶対的な存在でないことを知ります。そして両親から離れ、「誰かのためのニナ」ではなく、自分自身でいるようになります。
物語の結末は安易なものではなく、案外にシビアと言えるでしょう。ニナと両親(特にマーチン)はお互いを理解し合うまでに至らず、歩み寄るための一歩をマーチンが踏み出すに過ぎないからです。でも、そんなマーチンだからこそ、リアルで印象的でした。

物語はニナの視点による短いセンテンスで語られます。文の短さがニナの心象世界をよく表しているように感じられました。
月明かりの庭や森の小径を辿るために、「ツェッペリン」と唱えて怖さを追い払い、勇気を奮い起こすニナ。そんな少女の姿が目に浮かぶようです。(2003/12/9)

追記:2004年1月に改版が刊行されました。 【Amazon】

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