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クリスマスの思い出/トルーマン・カポーティ

クリスマスの思い出
トルーマン・カポーティ

My評価★★★★

訳:村上春樹
カバー・挿画(銅板画):山本容子
文藝春秋(1990年11月)
ISBN4-16-312210-9 【Amazon
原題:A CHRISTMAS MEMORY(1956)


11月の終りのある朝、彼女はフルーツケーキの季節がきたと息を弾ませる。
僕らはクリスマスに向けて、毎年30個ものフルーツケーキを作る。僕らは親戚の家に身を寄せていた。彼女は遠縁のいとこで60歳を越しているが、今でも子どものままだ。
彼女は7歳の僕を「バディー」と呼ぶ。バディーとは彼女が小さい頃に亡くなった親友の名前だ。

僕らはコツコツと貯めた全財産をはたいてケーキの材料を買いに行き、作ったケーキを僕らの気に入った人たちに配る。
それから伐ってきたツリーを飾り、お互いのプレゼントを準備する。お金はなくても心のこもったプレゼントだ。なんとか5セントを工面して犬のクイーニーにも。

********************

『草の竪琴』(新潮文庫)に似ていると思います。『草の竪琴』を読んだ人なら、全体の雰囲気や彼女のキャラクターがわかるでしょう。失ってしまった彼女との幼い頃の幸せな思い出が、哀惜を込めて書かれていました。

大人という「規格」に照合して、他者を判断する人が多い。この場合、世間の大多数から見て「常識的な節度ある態度」かどうかということだと思います。その良し悪しはさておき、規格内に収めようとした場合、結果として彼女のように人には幸せをもたらされない。
子どものまま大きくなった彼女は、大人という「規格」からはずれています。そのため周囲から理解されず、傷つくことも少なくない。
しかし、子ども時代と決別することが大人になることなのでしょうか?決別と言うより断絶かもしれませんが。
この物語の登場人物たちのことを思い、ふと、そんなことを考えてしまいました。(2001/10/28)

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