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カメレオンのための音楽/トルーマン・カポーティ

カメレオンのための音楽
トルーマン・カポーティ

My評価★★★★☆

訳:野坂昭如,解説:川本三郎
ハヤカワepi文庫(2002年11月)
ISBN4-15-120019-3 【Amazon
原題:MUSIC FOR CHAMELEONS(1980)

目次:序
I カメレオンのための音楽;カメレオンのための音楽/ジョーンズ氏/窓辺のランプ/モハーベ砂漠/もてなし/くらくらして
II 手彫りの柩;手彫りの柩 アメリカ的犯罪のノンフィクション解釈
III 会話によるポートレート;一日の仕事/見知らぬ人へ、こんにちは/秘密の花園/命の綱渡り/そしてすべてが廻りきたった/うつくしい子供/夜の曲がり角、あるいはいかにしてシャム双生児はセックスするか


トルーマン・カポーティ(1924-1984)の生前に出版された最後の作品。1983年に早川書房より刊行された単行本の文庫化。文庫化にあたり、訳に手を入れたとのこと。

「序」では、少年期からの文章修行を経て作家として名声を博し、さらに『冷血』で成功した以後、"ノンフィクション・ノヴェル"という新しい文学の領域を暗中模索して『カメレオンのための音楽』を上梓するに至るまでの作者の心情が綴られています。
フィクションとノンフィクションの領域上に位置する作風ですが、アメリカではノンフィクションに分類されているそうです。

作中には作者たるTC(トルーマン・カポーティ)がインタビュアーとして登場。しかし作者の人格そのままではなく、場に合わせて演出していますね。
TCの登場により、普通ならば物語の真実味が増すと思われるのに、私には逆に虚構性が増しているように感じられました。なぜそう感じるのかはわからないのですが。
スッキリと簡潔な文章は、実はとても考え抜かれています。でも、それをひけらかさない。そう感じるのは、決して訳のせいだけではないと思います。ひょっとしたらカポーティ作品として、文体の完成度は非常に高いのでは。

作品全体に通じるのは「狂気」なのでは・・・。それは程度の差、個人によって表れ方は違うのですが、いたるところに潜んでいます。「狂気」、それこそがカポーティを生涯捉えて離さなかったものではないのかな、と思えてしまいました。
ともあれ各種の傑作を書いたカポーティは、この作品で円熟味を増したことは否めないでしょう。様々な手法が駆使されており、優れた短篇小説群を味わえるのだから。カメレオンのように変化する魅力の詰まった一冊です。
以下、好みの6篇をピックアップ。

カメレオンのための音楽
カリブ海のマルティニーク島で暮らす貴族の老婦人。テラスで彼女と会話する旅行者の私(作者)。
ふと見ると、色とりどりのカメレオンが這い回っている。老婦人がピアノでモーツァルトのソナタを弾くと、音楽好きのカメレオンたちが集まって来た。
二人は島のことや共通の知人のことを話していたが、ひょいと話題が亡くなった彼の友だちの作詞家のことに及んだ。しかし彼は話したがらない。

何気ない平穏な会話の最中に、ふと紛れ込んだ事件の話、そして色とりどりのカメレオン。それらはどこか不吉な予感をもたらす。
なんということのない一篇ですが、この本のオープニングなのだと思いました。

もてなし
南部の農家カーター家に長期滞在した、子供時分の話。
叔母のメアリー・アイダ・カーターは日曜後のお昼にたくさんの料理を準備して客人を招いていた。
彼女は通りがかった人々にも施しをしていた。その中でも特に忘れられない人物が三人いた。聖書売りの宣教師と、バンクロフトという男。そしてまだ娘のジラと、彼女の赤ちゃん。叔母はジラ母子を拾って来て面倒を看るが、叔父はジラが気にいらなかった。そこで妙案を思いつく。

カポーティは幼少期の体験をもとにして、人の佳い年輩の婦人を登場させたノスタルジックな作品を書くことがありますが、これもその系統に属しています。この本の中では異色作かもしれません。
バンクロフトがキーワードかな。そしておそらく何も考えてないであろうジラ。私はスミス氏との会話や、ラストのセリフを吐いたりする叔父さんが気にいりました。

手彫りの柩 アメリカ的犯罪のノンフィクション解釈
1975年3月、西部の小さな町でTC(トルーマン・カポーティ)は、数年に渡って手紙や電話で知己となったジェイク・ペッパー刑事と会う。ジェイクはほぼ5年間、ある連続殺人事件を追っていた。
殺された人々に共通するのは、生前に匿名で手作りの小さな柩を受け取っており、中に隠し撮りされた写真が入っていたこと。それ以外に被害者たちの関連性が見出せなかった。
しかし、新たな柩を受け取ったアデライド(アディ)・メイスンによって、犯人の目星がつく。だが証拠がなく、容疑者は町の人々に信望があった。ジェイクは容疑者に接近する。そして結婚を約束したアディを守ろうとする。

平然と日常生活をしている連続殺人犯を追う刑事。ドキュメント的なミステリー・タッチながら、ミステリーではない。解説でふれていますが、まったくのノンフィクションではないそうです。
問題となるのは事件の経過ではなく、ごく普通に暮らしている人が抱えている狂気、そんな犯人像そのものだと思いました。
冷酷な殺人犯であっても、それが一見して誰にでもわかる姿ではなく、明るみに暴かれないことには誰にも疑いを持たれない。犯行後も平然と暮らしている人間とは、一体どんな人間なのか、それは狂気のなせる業なのか、といったところが主眼ではないでしょうか。

秘密の花園
1979年3月、TCは故郷ニューオルリーンズのジャクソン・スクェアを散策していた。そして古馴染みの女性ビック・ジューンバッグ・ジョンスンと再会。二人は近況や、彼女と年下の夫との馴初めの話をする。
男運のなかった彼女は、ハンサムな年下の青年と結婚して、酒場を切り盛りしていた。彼女の会話から、街の人々のパワーと熱気と猥雑さ、根強い人種的確執が伺える。

ニューオルリーンズはフレンチ・クォーター(ジャズのメッカ)の、街の造りや雰囲気が見事に再現されていました。私が行ったのはこの話から約20年後ですが、街と人の雰囲気がほとんど変わっていないみたいですね。

命の綱渡り
1970年11月。ロサンジェルス国際航空のとある一角。
TCは殺人犯にインタビューしたことがもとで、カルフォーニア州裁判所から検察側の証人として出廷することを要請される。
警察は召喚令状を持ってTCの前に現われた。拒めば法廷侮辱罪で逮捕される。だがTCは出廷せず、州外へ逃れようとして指名手配された。
空港まで辿り着いたいいが、搭乗口のゲートには警察官が張っていて、機内へ乗り込むことができない。そこへ友人の女優パーム・ベイリーと取り巻き連中が現われた!

体験談を綴ったと思われる対話体。でもコメディタッチの短篇小説と言ってような。短い劇にしても楽しめそう。
なによりパームがいい。機転が利き、マジなのかジョークなのかユーモア感覚があり、姉御肌のパーム。彼女なしでこの面白さは成り立たない。

うつくしい子供
1955年4月28日、ニューヨーク。名女優でその後は演劇コーチとなったコリアー女史。彼女の葬儀に出席したマリリン・モンローとTCの会話。
ハリウッドで活躍する名優の裏話がふんだんに交わされます。とりとめのない話題の向こうに、素顔のマリリンの魅力を活写しているのです。
カメラとなったTCの眼を通じて、彼女を身近に感じることができ、ふわりとコロンの香りが漂ってきそうなほど。
TCはマリリンを「うつくしい子供」と表現しますが、まさにピッタリ。うつくしい一篇でした。(2002/12/5)

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