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百年の孤独/G・ガルシア=マルケス

百年の孤独
G・ガルシア=マルケス

My評価★★★★★

訳:鼓直
新潮社(1999年8月)
ISBN4-10-509008-9 【Amazon
原題:Cien años de soledad(1967)


架空の地マコンドと、ブエンディア一族の百年以上に亘る年代記。
故郷を出ざるを得なくなったホセ・アルカディオ・ブエンディアは、妻のウルスラと仲間たちともに未開の地に「マコンド」いう町を造った。
小さな町だがジプシーたちが行商に来て見世物をし、望遠鏡やレンズなどを売っていた。
ジプシーのなかにメルキアデスという錬金術師がおり、彼の影響で、かつては良き町の指導者だったホセ・アルカディオ・ブエンディアが、次第に錬金術に傾倒していき、ついには自宅の敷地に錬金術の工房を造る。彼の錬金術への熱意は、子々孫々へと引き継がれてゆく。

不眠病が流行ったりしたが、やがて平和だった町にアメリカ人がバナナ会社を造ったことにより町は活気に満ちる。だが、労働争議や反乱や戦争によって、町と人々は荒廃し疲弊する。

ホセ・アルカディオ・ブエンディアとウルスラの子どもは、ホセ・アルカディオとアウレリャノ、アマランタという。成長したアウレリャノは革命に身を投じ、大佐となって32回の反乱を起こす。
男たちがすでに大義を失った革命のなか、ウルスラがウルスラが革命軍の将校の母親たちと簡易軍事法廷に乗り込む。

ホセ・アルカディオとアウレリャノの孫の代になると、マコンドはあまりにも様変わりしたので、バナナ会社や戦争、アウレリャノ大佐を憶えている人間はいなくなる。さらに一族にまつわるタブーも伝えられなくなっていた。

********************

間違いなく20世紀を代表する世界文学の名作!とはいっても、概要とその印象を説明するのは非常に難しい・・・。
ブエンディア一族における円還される時と連鎖する業が、マコンドの盛衰と密接に結び付いているんです。ホセ・アルカディオ、ウルスラ、アウレリャノ、メルキアデスという名前は、年代記というよりも、断言はできないけれど神話のように思われます。忘れられていく国とそこに住む人々をカリカチュア化(だけではないけど)した神話的世界のような。それだけではないのですが。

読む前に想像していたよりもかなり読みやすい文体で、飛ばし読みさえしなければ内容はわかりやすかったです。でも現実と非現実が渾然となる物語に、ちょっと戸惑う人もいるかもしれませんね。しかしそこが魅力なのです!
私としては、ともかく疑問は後回しにしてひたすら読み進むべきだと思います。そうすると、理屈では割り切れない奇怪で芳醇な物語世界が開けるでしょう。その摩訶不思議な世界は、人間存在の縮図であるように思いました。
ただし一族は同じ名前を引き継いでいるので、混乱して誰が誰だかわからなくなってきます。これは家系図を見ながら確認して読み進めました。

もしかすると日本人とラテン・アメリカの人々とでは、理解度(もしくは共感度)に差があるのではないのかな。私のように民族性や政情に疎ければ、優れた「物語」としてしか読めないのでは。それでもいいのとは思うけれど。
ともすれば悲惨気味な作品ですが、行間からは自嘲気味に苦笑いしている原住民の姿が想像されました。植民地政策によっての異文化の混入によるアンデンティティの喪失-混乱-再構築、そして民族としてのアイデンティファイの物語、ということができるのではないかと思います。
作中に描かれた彼らの姿は、植民地時代以前と以後のラテンアメリカ、欧米によってデフォルメされたラテンアメリカ人像、戦争や経済・政治(家)などに込められた皮肉を、自虐的にであれ過去を振り返って笑い飛ばす鷹揚さや放埓的な気質を持っているのではないでしょうか。そういう気質は日本人にはみられないような。どことなく民族性による気質の違いを感じました。(2001/6/24)

追記:2006年12月、改訳新版が刊行されました。【Amazon

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