スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ネーデルラント旅日記/アルブレヒト・デューラー

ネーデルラント旅日記
デューラー(アルブレヒト・デューラー)

My評価★★★★★

訳・解説・図版解説:前川誠郎
岩波文庫(2007年10月)
ISBN978-4-00-335711-8 【Amazon


ドイツ(当時は神聖ローマ帝国)北方ルネサンスを代表する画家アルブレヒト・デューラー(1471-1528,ニュルンベルク生まれ)が、カルロス五世の戴冠式を機に、途切れた年金の支給を新皇帝に請願するためニュルンベルクからネーデルラント(現在のベルギー、オランダ地方)へ旅に出た。同行するのは妻とその侍女と、版画を積んだ大荷物と護衛。本書はニュルンベルクを出発した1520年7月12日から、帰国の途次にある翌年の7月15日までに、デューラーが記録した『出納簿』。

キャッシュフローが面白いのかというと、とても面白いんだな、これが。
何月何日、何にいくら使ったかという収入と支出。物価から、当時の生活がどのようなものだったかが推測される。また、行きに船を利用するのだが、通関券が必要で、これを提示すれば通関協定を結んでいる地域は無税。それ以外の地域を航行する場合、どこの通関にいくら払ったかということが記されている。
領地ごとに通関があるようなので、当時の河川航行は非常に煩雑。陸路の場合、馬車賃と馭者代や、荷物の運送費も記されている。この時代には運送業が発達したことがわかる。つまり宅配便がすでにあったのだ。

デューラーは多数の版画を携えており、行く先々で進呈したり売ったり、絵を書いて代価を受け取ったりしている。現代人の感覚すれば、芸術家自らが絵(版画)を売り歩くということに違和感があるのではないかと思う。だが当時の芸術家は、工房と徒弟を経営する「職人」と考えるべきだろう。職人が自分で制作した物に値付けし、バイヤーはいるけど、主に自分で作品を販売していたようだ。
デューラーは自分の版画がいくらの価値があるのか書き記していて、それと共に相手がいくら支払ってくれたか(いくら支払ってくれそうなのか)も記している。相手が相応の対価を払ってくれないことにグチをこぼしていることがわかって可笑しい。要するに自分の作品を値踏みしているのだ。商売人なんだな。また、よく遊び(賭け事で)、よく学んでいる。元気な爺さんだ。
デューラーは締まりやではあっても、吝嗇家ではない。フェアトレードという考えの持ち主だと思う。相手から贈り物を貰った場合、その対価となるような版画を贈っているのである。

デューラーの目的は、カルロス五世に影響力を持つマルガレータ女公(カルロス五世の叔母で育ての親)と懇意になり、女公の約束を取り付けることにある。そのため、アントウェルペン(アントワープ)に到着するなり奔走している。どこで誰と会ったかということも記されており、どのような人を介して女公に接近していったのかがわかる。「ああ、なるほど」と納得。
デューラーはラファエロの弟子の訪問を受ける。ラファエロの死後から半年ほど後のことであり、デューラーがネーデルラントへの旅を決意したのも、ラファエロの死を知ったからではないかと訳者は記している。デューラーは、ラファエロのものは彼の死後にすべて散逸したと記している。また、デューラーはエラスムスと会っているのだが、デューラーの感激とは裏腹に、エラスムスはそっけないように思われる。エラスムスの性格がそれとなくうかがえるよう。

いちばんの読みどころは、マルティン・ルターへの追悼文だろう。ルターが逮捕されたこと(真実は敵から身を隠すための芝居だった)を知ったデューラーは、感情の迸るままに筆を任せている。逮捕は死を意味するからだ。この追悼文が、本書をたんなる出納簿や旅行記以上のものにしているのだ。
同時代に生きた者の率直な感情を記した証言であり、歴史的価値はもとより文学的な価値をも有しているのである。また、キリスト教徒であるデューラーの人となりをも表しており、キリスト教のあり方をも示している。

巻末に解説(『通貨の名称と価値』と、『デューラーの旅程』の地図含む)と図版解説あり。図版が多数収録されており、これだけでも一見の価値がある。解説は必読。本文より先に読んでおいたほうが、本文をより理解できると思う。
通貨が何種類もあり、非常に煩わしい。それほど都市国家(と呼んでいいのかわからないけど)が乱立していたということなのかな。当時の人はよく換算できたなあ。しかし、その通貨価値が現代人にはわからない。なにしろ500年ほども昔のこと、物価が現代(特に現代日本)とは異なるため、大量生産大量消費という現代人の感覚では推し測ることができない。
解説によると、1ペニッヒが200円、1シュトゥーバーは2千円、1グルデンは5万円弱となるそうだ。私の印象では、1シュトゥーバーは2千円を切るような感じがするのだけれど。稀にポンドやドゥカートも使われているが、ドゥカートはグルデンより価値が上らしい。

ちなみに衣類は他の物と比べると高い。当時は布(織物)は貴重なので、デューラーの版画よりずっと高価なのだ。彼は社会的名声もあり、そうした人々との交際もあるので、身の回りの品には一般庶民よりも気を遣っていただろう。それに衣装道楽だったそうなので、質の良い(つまりある程度高価な)ものを選んだと思う。宿だって、人が訪ねてくるから、それなりの部屋に泊まらなければならないはず。なのでデューラーをもってして、一般庶民の物価が計れると思うのは早計だろう。
彼はポトルガルの商務官と親しくなるのだが、ポトルガルは植民地で産する香料貿易により莫大な富を得ていた。莫大と言っても漠然としていて想像できないのだが、商務官がどれほど富裕であったか具体的な数字は解説で触れている。ポトルガルが他国と比べてどれほどの富を得ていたか。雲泥の差なのだ。
ともあれ、同時代の小説を読んだとしても通関や通貨、物価など知ることのできない事柄ばかり。当時の社会や生活、旅行がどのようなものであったかがうかがえて、とても興味かった。(2007/11/22)

デューラー 自伝と書簡

にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

H2

Author:H2
My評価について
=1ポイント
=0.5ポイント
最高5ポイント

最新記事
カテゴリ
最新コメント
最新トラックバック
FC2カウンター
検索フォーム
リンク
QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。