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マーティン・ドレスラーの夢/スティーヴン・ミルハウザー

マーティン・ドレスラーの夢
スティーヴン・ミルハウザー

My評価★★★★☆

訳:柴田元幸
白水社(2002年7月)
ISBN4-560-04748-0 【Amazon
原題:Martin Dressler:The Tale of an American Dreamer(1996)


1881年、9歳のマーティンは父親の経営する葉巻店を手伝っていたが、14歳になってヴァンダリン・ホテルのボーイとして働き始める。やがて異例の速さで昇進し、支配人秘書になった。マーティンはホテルを辞めてチェーン店を拡大させていった。

彼は開発中の地域にあるアパートメントホテル・ベリンガムで暮らし始め、そこでヴァーノン家の三女性、ヴァーノン夫人と娘のキャロリン、エメリンと知り合う。
華やかで朗らかで聡明なヴァーノン夫人。美しいが寡黙で掴み所のないキャロリン。快活で頭が切れるが、美しいとは言い難いエメリン。
彼はダイニングルームでの、三女性らとのひとときを愉しんでいた。だが、いつしか彼らの関係に変化が訪れる。

かつて勤めたヴァンダリンが経営不振に陥ったことを知り、ヴァンダリンを買い取って、大胆な着想のもとで全面改修。そしてホテル業へ乗り出す。大成功を収めた彼は、続いて独創的な設計者ルドルフ・アーリングに仕事を依頼し、マーティンが夢見続けた世界を建設する。地上高く地下深く。さらに地下へ、地下へ     

********************

1997年、ピュリツァー賞を受賞。
19世紀末から20世紀初頭のニューヨークを舞台に、夢を追い求めるもしくは夢に憑かれた一青年によるアメリカンドリーム的な作品。
ミルハウザー版『市民ケーン』といった感じ。この小説を読みながら、どうしてもオーソン・ウェルズの映画『市民ケーン』を思い浮かべずにはいられませんでした。
しかしそこはミルハウザーのこと。正史や現実から次第にズレてゆくのです。

ミルハウザーは個人の内的世界を外界へ投射し、それを形つまり物質的に表現しようとする主人公を描くことが多いように思われます。
個人の内的世界であるかぎりにおいて、世界は無限となる。しかしながら無限を求めるがゆえ、自ずからもしくは周囲によって限界を感じざるを得ないという矛盾を抱える。また、その世界はごく一部の稀な人にしか交感できない。この作品の主人公マーティンもそうです。

マーティンの世界は、ホテルという容器が大きすぎたためか、全体的に漠然となってしまった感がします。
私は他の作品でみられるミルハウザーの細部へのこだわり、複数のイメージを重ねて一つのイメージを創りだし、結果として万華鏡のように重層的なイメージを構築する描写力が好きなのですが、今作ではそういう部分が極端に少なかった。グランド・コズモの地下世界も、ミルハウザーにしては大雑把な描写なのでは。その分読みやすくなっているのは確かなのですが・・・。

これまでの作品では、作者は人間性そのものよりも、彼らが志向(嗜好)を創造する過程を描く作家だと思っていたので、主人公にさほど共感できなくても気になりませんでした。
ところがこの作品は長篇だからか、登場人物の性格が占めるウェイトが大きい。そのためどうしても主人公の性向を意識せざるを得ない。
私は自分自身の世界を創造しようという人間が、容易に他人と交感・調和できるとは思っていません。調和しようということは妥協するということじゃない?自身の世界を完璧に表現したい人が妥協するとは思えないのです。逆に言えば自分と同等の人間しか認めない傲慢さがあるのですが。

正直に言って、この作者は細密画のような描写力には優れていると思いますが、人間そのものを描くのは巧くないのではないかと思っています。
マーティンは私生活の面で共感できなかったですね。男としてサイテーだと思う。でも結構いるんだよね、こういう人。隣りの芝が青く見えるのと同じことで、ほしいほしいと言いつつ、いざ手にした途端に飽きてしまう。その姿は他のオモチャをほしがる子どものようです。女性と過ごすのは愛ではなくて所有欲でしかない。
私は読んでいて、マーティンは体や知識は大人でも、どうしても子どもとしか思えなかった。いや、子どもそのものだ。
また、キャロリンの風貌や性格が漠然としていてイメージできないし、行動が理解できなかった。結局キャロリンは、自分を認めてもらいたいというよりも、相手を所有欲したいだけなんじゃないの?
キャロリンはマーティンと同じ様な存在で、マーティンの内的志向は外へと表現する方向、キャロリンは内にこもるタイプという違いしかないんじゃないのかなぁ。

人間関係と同様に、創造物(グランド・コズモ)も保持しようとした時点で最高にベストな状態から滑り落ちてゆく。保持または維持しようとすると、創り上げた作品そのものが腐蝕せざるを得ないかのような・・・。
創造性とは創造に向う運動状態なのであって、この状態を維持しようとすると創造性は停止してしまう。その点がミルハウザーの芸術観ではないでしょうか。
そして私は、創造へと運動している状態を描くミルハウザーが好きなのだ。ただしこの作品ではマーティンはアイデアを出したに過ぎず、実際に彼が制作・施工するのではないんですね。それが不満でした。
私がこの作品をアメリカンドリーム(ちなみに、アメリカンドリームはバブル経済とは違います)と思うのは、作中の時代性もあるけれど、アメリカが発展している状態を描いているから。しかし発展を安定させよう、維持しようとした途端、衰退へと向かうのかもしれません。

私の読みたかったミルハウザー作品とは少し違いましたが、他の様々な作品を彷彿させ、より追求していることは否めません。
登場人物には共感できなかったけれども、創造への隆盛と衰退と向かう人物造型やストーリーがわかりやすく、これまでの集大成と言っていいのではないでしょうか。(2002/7/26)

追記:2008年8月、白水uブックス化【Amazon

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