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ゴッテスマン教授とインドサイ/ピーター・S・ビーグル

ゴッテスマン教授とインドサイ
ピーター・S・ビーグル

My評価★★★★★

訳:井辻朱美
SFマガジン2002年12月号掲載
原題:Professor Gottesman and the Indian Rhinoceros(1995)


大学で哲学を教えるグスタフ・ゴッテスマン教授は、チューリヒ生まれでアメリカで教鞭を執る34歳独身の一人暮らし。学問以外に興味はなく、同僚のサリー以外に友人はいないけれど、本人は気にするふうもない。
ある日、姪を連れて動物園へ行った教授は、インドサイに話しかけられる。
サイは自分は「ユニコーン」だと言い、様々な学説を披露する。対して教授は反論。
そのサイが教授の家に居座ってしまった!?サイはゼミにも現われたが、姿を見られたくないときには、消すことができるらしい。
教授はサリーにサイのことを話す。サリーは教授とサイのことを認めるが、サイの姿を見ることはなかった。
初めのうちこそ教授はサイを追い出そうとするが、いつしか哲学談義を交わす仲となり、歳月が過ぎてゆく。やがて教授は退官し、サリーもまた老いていった。
ある日、教授は強盗に襲われた・・・。

********************

話すことのできるインドサイ、それだけではなく哲学論争までするんです。自分はユニコーンだと主張し、教授と議論する。そして一日に何度も入浴するほど大の風呂好き。でも、コメディでもナンセンスものでもありません。
歳をとった教授とサリーはお互いに干渉しない。そんな教授を黙って見守るサイ。みんなとてもいい関係だとは思うのだけれど、なぜかそれがちょっぴり哀しい。
また、ユニコーンの喪の服し方は、書かれなかった物語の奥深さを想像させられました。

読んでいるとサイとユニコーンの違いがわからなくなってくる。ユニークな存在だけれども、決して奇抜には感じないんですよね。
サイが本当にユニコーンなのかどうかは、ラストでわかるでしょう。
インドサイ=ユニコーンと、語りつくした教授はどこへ行くのか?それは各自で想像するしかないのですが、二人(一頭と一人と言うべきか)は、きっとこれまでのように穏やかな暮らしを続けるのでしょうね。
サラリとしたほろ苦さと温もりのある短篇。独特のムードがビーグルならではだと思います。(2002/10/31)

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