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酔いどれ列車、モスクワ発ペトゥシキ行/ヴェネディクト・エロフェーエフ

酔いどれ列車、モスクワ発ペトゥシキ行
ヴェネディクト・エロフェーエフ

My評価★★★★

訳:安岡治子
国書刊行会(1996年11月)
ISBN4-336-03890-2 【Amazon


酔いどれて見知らぬ建物の外階段の、下から40段目で金曜の朝を迎えたヴェーニャは、いまだクレムリンを見たことがない。クレムリンへ行こうとしても、いつもなぜかクルスク駅へ出てしまうからだった。
ヴェーニャは8時16分発の、モスクワ・クルスク駅発-ペトゥシキ駅行き列車に乗り込む。
ペトゥシキにはこれまで12回通い、駅で11時に恋人と待ち合わせをしているのだ。それから3歳の息子に会う予定。

ヴェーニャは班長をやめさせられた原因となった、労働と飲酒の関係をグラフに表したことを回想する。ペトゥシキで待つ女性のことを考え、酔っ払いのしゃっくりの数学側面の研究に打ち込もう、それ以外にこの世にやることはないと断言する。
そして特製カクテルのレシピを披露し、「クラヴァ伯母さんのキス」を飲もうとしたところで、肝心の酒を盗まれてしまう。それが縁で乗り合わせた人たちと文学談義を酒を交わし、独自の見解を開陳。
いつしかヴェーニャは酩酊状態に陥り、窓の外は真っ暗闇に。
朝8時に出て、2時間15分でペトゥシキへ着くはずなのに、なぜ暗闇なのだ?列車はいまどこを走り、どこへ向っているのだろう?

********************

ヴェネディクト・ワシリーエヴィチ・エロフェーエフ(1938-1990,ロシア)はソ連時代の作家。
訳者あとがきによるとこの作品は1970年に書かれて、地下出版で回し読みされていたのだそうです。73年にイスラエル、77年と84年にパリでロシア語が出版。その後、十数ヵ国語に翻訳。ペレストロイカ以後の1988年、ソ連で公式に出版。

ヴェーニャは列車でペトゥシキへ向うのですが、ともかく飲んで飲んでひたすら飲みまくる。
酒を飲むことによって、肉体的にも精神的にも浄化するという考え方がありますが、ヴェーニャにとって飲酒は現実逃避の手段だけではなく、浄化という側面もあるのかもしれません。

ヴェーニャは、自身をも含めて、画一的な全体主義とそれに盲目的なまでに従順な人々を茶化す。文学、絵画、音楽などの諸芸術、そしてイデオロギーそのものも懐疑的で諧謔的、アイロニカルに茶化しまくるんです。
東西を問わず様々な芸術家のことがポンポン飛び出すのですが、私にはまったくなじみのない名前がほとんどを占めるため、なんだか煙りに巻かれたような気分になった。
また、私はソ連時代の社会状況もよくわからないので、ヴェーニャの皮肉=作者の意図するところがよく理解できませんでした。ソ連に詳しい人だったらもっとキチンと読解できるのかも。

物語はいつのまにか現実の世界から、アル中の幻覚かと思うような精神世界へと移行してゆき、ヴェーニャはカタストロフへと向ってゆく。
ラストでヴェーニャは真っ赤な一文字の幻影を視るのですが、この一文字がクセ者。この文字を訳者はあとがきで、復活を示唆したものだと解いています。
冒頭からキリスト教の復活が示唆されてはいるのです。でも、この一文字がなければ延々と同じことを繰り返す円環構造だと思ってしまう。
たんなる円環なのか?それとも新たな社会、つまり希望に満ちた未来への復活なのか、判断が難しい・・・。
訳者は、死は新たな未来へ復活するための救済だと考えています。そうなのかもしれない。確かに、破滅のあとの復活は、新たな希望を意味していますよね。ということは、破滅的な状況にありながらも、一縷の希望に縋っているのかもしれない。(2003/3/7)

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