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光草(ストラリスコ)/ロベルト・ピウミーニ

光草(ストラリスコ)
ロベルト・ピウミーニ

My評価★★★★

訳:長野徹
小峰書店(1998年10月)
ISBN4-338-14402-5 【Amazon
原題:LO STRALISCO(1993)


いつとはしれない時代のトルコ。
若くはないが年寄りというほどの年齢ではないサクマットは、誰も見たことのない安らぎに満ちた風景画を描くことで近隣に名を知れられた絵描き。
ある日、サクマットは北の谷・ナクトゥマールの地を治める太守に招かれる。太守は、一人息子マドゥレールのために絵を描いてほしいという。11歳の誕生日に絵を贈りたいのだと。
マドゥレールは生まれつきわずかな日光や埃に触れるだけで具合が悪くなるので、館の奥の部屋から出たことがなかった。
サクマットはマドゥレールと話し合い、少年の部屋の壁一面に絵を描くことにする。画題はマドゥレールが決めることになった。
海山、町村、戦、そして暗闇の草原に灯る光草(ストラリスコ)。絵は次々と場面が変わり、広大な海には海賊船が現れては消えてゆき、四季がうつろう。友人となった二人は、一年以上が経っても絵を描き続けるが・・・。

********************

原書が初出版されたのは1978年だそうです。
訳者あとがきによると、ロベルト・ピウミーニ(1947年-)は、北イタリアのエードロ(スイスとの国境近くの町)生まれ。教師や俳優などの職業を経て、1978年に作家デビュー。小説・童話・戯曲・詩などの著書多数。イタリアを代表する児童文学者の一人で、執筆以外にも児童文化活動に携わっているとのこと。

マドゥレール少年がアイデアを考え、それをサクマットが絵にしていきます。
少年とサクマットは、絵に描かれた人々や昆虫、草木のことを考える。人々は何のために何をしているのか、そしてどこへ行くのか。虫は草花はどのような営みをしているのかを。
しかし、部屋いっぱいの壁に描かれた絵は、少年には見ることの叶わない世界。

つまるところ、絵は人や自然界の「営み」描いたものでしょう。それらの営みを考え、次はどうなるのかと予測する。植物の現状を理解しそこから先の出来事を、少年とサクマットのように楽しみながら考える。 「空想好き」というとあまりいいイメージがないけれど、ここでは、空想することによって先の出来事を予測していく。
サクマットはマドゥレールの思考を未来へと向かわせることで、少年に希望を与えているかのようなのです。

父親の太守とサクマットは、マドゥレールを見守り続けます。父と子、友人と友人として年齢を越え、三者の交流がおだやかに結ばれる。絵を前に三人は様々語り合う。
しかし、無限に描き続けられるかと思った絵は、少年の病状に合わせて変化してゆくんですよね。緑の草原も花々も、やがて来る季節に向けて眠りにつく。しかし、枯れて朽ちる姿もまた美しいのだ、といっているかのようでなのです。
結末はハッピーエンドではなくて哀しいのだけれども、どこか充足感とやすらぎに満ちていました。それは、何かをやり遂げたマドゥレールだけが得ることのできる充足感であり、それゆえのやすらぎではないでしょうか。また、少年の手助けをし得たサクマットの充足感なのかもしれません。
少年はささやく、星と光草(ストラリスコ)は同じものなのだと。光草、それはマドゥレールの魂の輝き・・・。美しくも哀しい。けれど、慈愛に満ちた物語でした。(2004/8/10)

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