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タッソオ/ゲーテ

タッソオ
ゲエテ(ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ)

My評価★★★★

訳:実吉捷郎
岩波文庫(1950年9月)
ISBN4-00-324075-8 【Amazon
原題:Torquato Tasso(1790)


タッソオ16世紀イタリアに実在したバロック期最大の詩人トルクァート・タッソ(またはタッソー)(1544-1595)を扱った戯曲。
タッソが『エルサレム解放』(解放されたエルサレム)を脱稿し、錯乱するまで。
フェラーラ公国の庇護を受けるタッソが、1579年に狂人として幽閉された史実を踏まえたもの。この経緯については『エルサレム解放』(岩波文庫)の解説で触れています。

離宮で憩うフェラーラの君主アルフォンスと彼の妹の公女、公女の親友レオノオレ。三人のもとへ、長篇叙事詩を脱稿した詩人タッソオが現れた。タッソオは原稿を、庇護者アルフォンスに献じた。
公女は彼の仕事を賞賛する気持ちとして、たまたま編んでいた月桂樹の花輪を彼の頭に冠する。タッソオは辞退するが、三人に説き伏せられる。
そこへ、ヴァチカンでの交渉を果たし終えたアントニオが戻ってきた。アントニオはタッソの桂冠を認める。
仕事の達成感と、敬愛する公女らからの賞賛に、夢心地となって幸せの頂点に達するタッソオ。

公女は人間不信で社交性に欠けるタッソオを心配し、彼がアントニオと親しくなることを望んでいた。公女の希望を聞き入れたタッソオはアントニオのもとへ行き、昵懇の仲になることを明かし、相手にも求める。
その性急さに戸惑うアントニオは、慎重さゆえにしばらく考える時間がほしいと言う。だがタッソオは拒絶と受け取り、侮辱されたと感じる。
口論となった末にタッソオは剣を抜くが、君主の邸宅で抜刀した咎でアルフォンスから謹慎を命じられる。アルフォンスにしてみれば形だけものだったが、タッソオは裏切られたと感じる。

********************

『エルサレム解放』を読んだので、ゲーテを読むことができました。『エルサレム解放』を未読でもいいのでしょうが、読んでいたので会話に難なくつけていけました。

感情的な齟齬からタッソオとアントニオが衝突。君主アルフォンスに諌められたアントニオが折れようとしても、タッソオが猜疑心に凝り固まっているため事態は悪化の一途。このことがタッソオを狂気へ向かわせて幽閉されるキッカケとなった、いうことなのでしょう。
ですが、タッソオには同情できないんですよねぇ。偉大な詩人とはいえ、いや、偉大な詩人だからこそ、想像力が豊かすぎて妄想が果てしなく暴走し、自己の世界に没入してしまう。
タッソオの詩が完成して認められたときの高揚感は、芸術家だけの至福のひととき。それはゲーテその人にも覚えがあるのでしょう。そんなのときのタッソはいいのですが、人間不信に陥るとあまりにも猜疑的で、誰にも耳を貸さない。その姿は自分の悲劇を恍惚と味わっているかのよう。悲劇作家は創作ではなく、自らの身をもって悲劇の主人公と化すわけですね。

タッソオ個人に焦点を当てて読むと正直言ってうざいのですが、タッソオとアントニオは二人で一人だと思います。
芸術家で夢想家肌、実生活に順応できないタッソオと、政治家で現実派、冷静なアントニオ。二人はお互いにいい印象を持っていないのですが、それはあまりにも性質や考え方が違うから。その違いこそ互いに欠けている部分であり、この二人の性質が一つになれば、調和した一人間になる。
タッソオは計算高いアントニオを毛嫌いしているようですが、アントニオはタッソの芸術を理解しており、タッソオ本人に対しても無理解ではない。しかし国事に携わるアントニオはあまりにも政治家的すぎて、自己の世界に没入して生きる芸術家と相容れないのでしょう。
タッソオとアントニオは、穿った見方をすれば芸術家ゲーテと政治家ゲーテであり、どちらも作者ゲーテを反映しているのだと思います。二つの顔を持つゲーテの内心・・・そんな印象を受けました。(2012/6/23)

タッソ エルサレム解放(A・ジュリアーニ編)

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