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女たちの遠い夏/カズオ・イシグロ

女たちの遠い夏
カズオ・イシグロ

My評価★★★★

訳:小野寺健,解説:川本恵子
ちくま文庫(1994年6月)[絶版]
ISBN4-480-02873-0 【Amazon
原題:A PALE VIEW OF HILLS(1982)


これは『遠い山なみの光』です。
イギリスの田舎に一人で住む悦子の元に、下の娘のニキが会いに来た。ニキと暮らしながら悦子は戦後の復興期に、前夫と暮らしていた日本・長崎でのことを回想する。

長崎で悦子は前の夫と集合住宅で新婚生活をしていた。二人の家には義父の緒方さんが遊びにきていた。その頃悦子は、佐知子とその娘・万里子と知り合う。
佐知子はアメリカへ行くことで娘が幸せになると信じていた。万里子は空襲のときに見た凄惨な光景を忘れられないでおり、そのためか一風変わった子だった。
ときに悦子は、再婚して母子ともにイギリスへ来て、その後にマンチェスターで自殺した上の娘・景子のことを考える。そうして過ぎ去った、戦後の日々を追想する。

********************

翻訳者の手腕もあるでしょうが、とても翻訳とは思えないほど流暢な文体で端正に書かれています。
悦子が長崎で暮らした前夫となぜ別れたのか、それとなく示唆されてはいるけれど、ハッキリとは語られていません。他にも作中では、チラリと触れただけで書かれていない部分のほうが多く、それがかえって作品に奥行きと想像性を増していると思います。大胆ながらも見事な手法ですね。
そして幾重もの、なぜか猟奇的な死のイメージ。細部の曖昧さと死のイメージによって、ゴシック的とも言える幻想さが感じられました。

娘のためによかれと思って再婚してイギリスへきた悦子。一方、娘のためにを口グセに、アメリカへ行こうとする佐知子。佐知子の考えは娘の意思とは関係なく、娘のためだけではなく自分のためでもあるのだけれど、それを認めようとしないのですね。悦子と佐知子は性格が異なるのですが、実のところ一つの物事を多面的な視点で書き分けているのだと思います。
悦子と佐知子は同じような人生を辿り、彼女らの人生は、万里子が怯える女の記憶とも重なる。景子と万里子も同じような人生を辿ったのではないのか。

この作品で象徴的な存在は、万里子と緒方さんではないでしょうか。
緒方さんは教育者として信念をもって誠実に勤めてきたけれども、戦後になって状況が変わると非難されるんですね。非難する側も先を見通すことのできる人がいなかった時代だと認めてはいるのですが、非難していることに変わりはない。
結果をみてとやかく言うことは誰でもできます。ときに大切なのは経過だと私は思います。結果は過ちであったかもしれない。でも緒方さんは、自分に誠実に生きてきた過去を恥じることはない。自分に誠実に生きるという意味において、緒方さんと悦子が重なりました。

作中では長崎時代の悦子夫婦以外には、夫婦は夫か妻のどちらかが欠けていて、また両親が揃っていて子どものいる家族が少ない(悦子と佐知子が行楽地で出会った親子は別)。
悦子とニキは親子ですが、ニキは家を出てロンドンで暮らしています。そのニキは、結婚制度に対して否定的。そして家族を拒否した景子、佐知子に振り回される娘の万里子。
つまり作中では「家族」もしくは「家庭」という単位が分解されており、家族制度が否定されているようにも受け取れるのです。
さらに幾度もの死のイメージのなかで、殺されているのは子どもなのです。犠牲者としての子どもの姿は、大人の都合によって子ども自身の意思が圧殺されることの象徴ではないでしょうか。このことは5歳で渡英した、作者の経歴と無縁ではないのかも。
戦後の日本を情緒的に捉えて背景としながらも(私はかなり美化していると思いますが)、「家族」あるいは「家庭」、「親子のあり方」という現代的なテーマを持っているように思います。
しかも、それらを幻想的に描いてみせる。読後はどこか不可思議な、それでいて満たされるような印象を受けました。(2001/6/14)

追記:2001年9月、『遠い山なみの光』と改題されてハヤカワepi文庫より刊行【Amazon】。

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