スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

フリッカー、あるいは映画の魔/セオドア・ローザック

フリッカー、あるいは映画の魔
セオドア・ローザック

My評価★★★★☆

訳:田中靖,解説:高橋良平
文春文庫,上下巻(1999年12月)[絶版]
上巻:ISBN4-16-713621-X 【Amazon
下巻:ISBN4-16-713622-8 【Amazon
原題:FLICKER(1991)


1950年代半ばのロサンジェルス。UCLAへ通う映画フリークのジョニーは、場末の地下映画館「クラシック座」の経営者クレア(クラリッサ)・スワンと知り合う。ジョニーはクレアから、フィルム芸術のなんなるかを学び、大学の映画学科へ進んで映画史と批評を専攻した。

たまたま入手したマックス・キャッスルの映画を観たジョニーは、フィルムとフィルムの間に魅せられる何かを感じる。しかしクレアはキャッスル作品を嫌悪。
キャッスルは第一次世界大戦後に神童と言われて頭角を表した、ドイツのB級怪奇映画の監督だった。1920年代に渡米してハリウッドで働くが、以降は資金に恵まれず作品の質も落ち、いまでは無名となっている。
彼のフィルムのほとんどは失われてしまったが、キャッスルと組んでいたカメラマンのリプスキーが所持していることがわかった。
ジョニーはマックス・キャッスルを研究し続ける。その間、クレアは批評を認められてニューヨークへ移った。
論文を完成させるために関係者のインタビューを重ねるジョニーは、キャッスルが<嵐の孤児たち>だったことを知る。またキャッスルが使っていた<フリック>という言葉の意味を知る。ジョニーはキャッスルが育ったチューリッヒの孤児院へと向う。

禍々しいほどの嫌悪を感じると同時に魅せられるキャッスルの映画。その謎はすべてフィルムにある。フィルムには何が秘められているのか?何のために!?

********************

キャッスルの映画に魅せられた若者が、フィルムに匿された謎を追うミステリー。映画好きでミステリー好きの人におすすめ。
映画にナゾが秘められているのがわかっていくところは面白かったです。映画論や映画史、フィルムについてのテクニカルな部分はとても興味深かった。

ただ、ミステリーとしては少々残念かな。前半で映写技師のシャーキーがジョニーに語るゾーエトロープと歯車の話があるのですが、この歯車で物語の落としどころがわかってしまうのが残念。
使い古されたネタをどう料理するのだろうと思っていたのですが、最後から3章目でなんとか逃げたなという感じ。でも、ここは好きじゃなかった。ジョニーは本当に求めていたところに落ち着いたのだがらどうでもいいが、クレアがね。それでもラストでは映画に憑かれた人々の姿がよく伝わりました。
ところで、クレアはアカデミズムを否定するのだけれど、結局自分がアカデミズムの権威となってしまったわけですねぇ。

映画に匿された禍々しさというところが私的にはツボで、それが解明されていくところは読み応えがありました。一読の価値あり。

以下、若干ネタバレ
私としては、映画についてだけに内容を絞って、ヘタに宗教を持ち込まなければよかったのにと思いました。よく調べていると思うのだけれど通り一遍で安直。映画に関する部分が詳しいだけに、宗教の部分の安易さが目立つんですよねえ。
キリスト教との違いをキッチリ説明した上で、差異を明確にしてほしかった。そこがカッチリしていないと、孤児たちの宗教が成り立たなくて、キャッスル映画の存在意義がなくなってしまうと思うのです。
私としては宗教論を抜きにして、映画論とその技術、映画と歴史との関係といった内容に終始してほしかったな。あ、そしたらミステリーとして成り立たないか。(2002/11/19)

にほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへにほんブログ村 本ブログ 海外文学へ

スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

H2

Author:H2
My評価について
=1ポイント
=0.5ポイント
最高5ポイント

最新記事
カテゴリ
最新コメント
最新トラックバック
FC2カウンター
検索フォーム
リンク
QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。