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City/アレッサンドロ・バリッコ

City
アレッサンドロ・バリッコ

My評価★★★★☆

訳:草皆伸子
白水社(2001年12月)
ISBN4-560-04741-3 【Amazon
原題:City(1999)


13歳で大学に入学しノーベル賞が期待される天才少年グールド。彼は軍にいる父親、病院にいる母親から離れて暮らしていた。
グールドの友だちで、あまりにも巨大なため電車に乗ることができないディーゼルと、口のきけないプーメラン。彼らはいつも一緒だ。そして、たまたまグールドと知り合い、彼の家政婦になったシャツィ。
グールドとシャツィの生活、ラリー・ゴールマンのボクシングの試合、時の止ったクロージングタウンを舞台にしたウェスタン、という三つの話が同時進行する物語。

15歳になったグールドは、クーヴァニーの大学に来てほしいと要請される。だがシャツィは反対だった。彼女は、グールドに子どもらしいごく普通の生活してほしいと願っていた。しかしグールドはクーヴァニーへ出発する。

********************

グールドとシャツィ、ボクサーのラリー・ゴールマン、ウェスタンという三つの物語が同時進行するのですが、どれも充分に堪能できました。私としてはウェスタンの話だけで一冊読みたくなった。
確たる目的もなくひたすら高みを目指すが、あるときリングを降りてしまうラリー。時の止まったクロージングタウンを出て行くことを拒み、自分なりの人生をまっとうするバード。
グールドにとってのラリー、シャツィにとってのバードは、それぞれの生き方を象徴しているように思われるのです。グールドにとってディーゼルとプーメランの存在は何なのか、というところにもグールドの孤独の根の深さが感じられるような。

ショートカットの連続で構成される映画のように、場面が次々と変化していきます。一見して意味を成さない場面の積み重ねで構築されているような印象を受けました。あくまでも一見ですが。
語り手が変わることで混乱するかもしれませんが、基本的に語り手はグールドとシャツィであり、軽妙な文体もあってか混乱することはありませんでした。ただ、グールドの母親が、なぜ息子を拒絶するのか理解できなかったけど。

グールドとシャツィの生き方は微妙に重なり合っていて、どちらも自分に誠実でありたいがために周囲から浮き上がり、孤独であらざるを得ないかのよう。
集団における暗黙の了解事項が例え矛盾していても、疑問を圧し殺して受け入れなければ、集団から弾き出されてしまう。シャツィはその典型的なタイプなのでしょうね。逆に言うと、人々は普段の生活でいかに無意識のうちに妥協しているか、どれほど妥協が多いか、ということになるのでは。
作中で、グールドたちと仲のいいモンドリアン・キルロイ教授が、『知的誠実さについての論文』の草案を語ります。要約すると、概念を表現しようとするといかに誠実さからかけ離れてしまうか、知識人が求める知識とは何なのかということなのですが、そのことに対してこの草案は核心を突いているので小気味よい。シャツィとディーゼルと、口のきけないプーメランが暴く数々の欺瞞はここに集約するのかな。

この作品は雰囲気こそ違うけど『海の上のピアニスト』を発展させたものではないかと思うのです。『海の上』の主人公と異なり、『City』では大学という閉ざされた場所から世界へ出て行く。問題は、何のために、なぜ出ていくのか。目的を持って出ていくまでの過程を書いた作品ではないでしょうか。
しかし、グールドはまだいいよ、でもシャツィが・・・。ガーン!!
グールドが孤独であることに変わりはないし、彼がシャツィと同じ生き方を辿る可能性もあるのだから、決してハッピーエンドとは言い切れない。空想的なだけの甘い作品ではないんですよね。かといって読後感が苦いかと言うと、一抹の苦味はあるけれども、どこか清涼感や開放感が感じられ、なんとも表現しにくい独特の余韻が感じられました。
本作も含めてバリッコの作品は、適度な温もりという感触があって心地良いんだけど、温もり感はどこからくるのだろう。(2002/6/21)

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