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宮殿泥棒/イーサン・ケイニン

宮殿泥棒
イーサン・ケイニン

My評価★★★★★

訳:柴田元幸
文春文庫(2003年3月)
ISBN4-16-766130-6 【Amazon
原題:The Palace Thief(1994)

収録作:会計士/バートルシャーグとセレレム/傷心の街/宮殿泥棒


コツコツと勤勉で真面目、自分で事業を興せないけれども組織内では出世頭。家庭には特に不満はない。でも何かもの足りない。
ほどほどにハメを外してときにはジョークも飛ばす。誰からも好かれ、嫌われることはないけれど、格別に注目されることもない。周囲の評価は一致して「いい人」。
そんな人、身近にいませんか?「ひょっとして自分のことでは・・・」と思い当たる人がいるかも。
ごくごく真面目で良識があって人からも好かれる。でもちょっと不器用。そんな人に贈りたい愛すべき4篇。

普通の小説なら地味な脇役で終わってしまうような人々にスポットを当て、彼らの人生の悩みや過ちを、誇張したりせず慈しみをもって書かれています。他人から見れば何ということのない人生かもしれないけれど、本人は必死なんですよ。
ヒーロー(この場合「注目や喝采を浴びる人」という意味)には憧れるけれど、誰もがヒーローになれるわけじゃない。
主人公たちはヒーローを、ときには羨望の眼差しで見つめ、ときには嫉妬します。でも決して自分を卑下しない。自分を卑下することは、これまでの自分の生き方を否定することになり、自分という存在を否定することになるから。
人生を投げたりはせず、途惑いながらも自分自身であり続けようとするんです。その姿はまるで、人は自分以外の何者にもなれない、と言っているかのようでした。

会計士(Accountant)
謹厳実直な会計士アバ・ロス。彼は勉学に励み、大学を出てから順調に出世を果たし、将来は会計事務所の共同責任者の座が取り沙汰されていた。
彼はカルフォルニアに邸宅を構え、妻と三人の子どもに囲まれて何不自由なく暮らしているが、家族とはちょっとすれ違い。
あるとき、実業界で大物となった幼なじみのユージーン・ピータースから連絡が入り、誘われて一週間の野球キャンプに参加したロス氏。そこで彼はささやかな過ちを犯してしまう・・・。

********************

商談の席で堅実な会計士ロスが、ふと魔がさして犯した過ち。これまで過ちを犯したことのないだけに、ロスにとって事は重大。彼はその過ちを、名誉を汚すもの、人格上の欠陥というだけではなく人格そのものと考える。
その過ちは、大成した幼なじみピーターズへの嫉妬か反発からか?私には金満家となった幼なじみに対する反発からではないかと思われるのだけれど。

ロス氏の妻と子どもたちは、彼が稼いだ金を湯水のように使う浪費家。ロス氏は金を稼いでくることが義務だと考える。ロス氏と家族を繋いでいるのはお金でしかなく、彼は妻や子どもたちと意思の疎通ができなくなっていた。そんな家族の状態を踏まえて、大袈裟でなくサラリと、それでいていかにもありそうな、共犯者めいたイタズラ心を瞬間共有できるラストがいいですね。
父娘の隔たりを越える一瞬の交感。それは、もしかするとこの父娘は、これからうまくやっていけるのではないか、という希望を持たせられるんですよね。

バートルシャーグとセレレム(Batorsag and Szerelem)
兄クライヴは、高校の数学コンテストに優勝し、市大会を勝ち抜き州大会へ出場するほどの秀才。でも言動は奇妙で、家族と滅多に話すことなく、両親によそよそしい。たまに話しても家族にはまったくわからない言葉を使う。弟ウィリアムは秀才の影で目立たないけれど、そこそこに優秀。
両親は兄弟をともに秀才と呼ぶが、ウィリアムは兄のおかしな言動に不安を抱いていた。ウィリアムは仲のいい両親とともに、兄のおかしなところを直してあげようと考える。
ウィリアムは、クライヴのガールフレンドについて秘密にするよう誓わせられる。でもウィリアムは秘密を暴きたくてたまらない。

********************

ズバ抜けて秀才の兄クライヴと凡庸な弟ウィリアム。ウィリアムは、両親が本心では二人をどう思っているのか知ってしまう。
大人になってから15年後、ウィリアムは自分が何を望んでいたのかを認め、クライヴに対してしたことを後悔し続ける。哀しいけれど、ウィリアムの心の動向は自然な流れだと思うのです。

ベトナム戦争後、両親は急激に変わる社会に乗り遅れまいと努力して、寛容なところを見せようとしていたが、その姿は矛盾を孕んでいます。
両親の社会への欺瞞、兄弟への欺瞞。本心をみつめまいとした両親とウィリアムの欺瞞・・・。クライヴだけが欺瞞から無縁だったのかもしれない。

傷心の街(City of Broken Hearts)
仕事も家庭も順風満帆で特に不満はなく、趣味は野球観戦という54歳のウィルソン。一人息子ブレントは遠方で大学へ通っている。
ウィルソンはある日突然、長年連れ添った妻に離婚された。妻はウィルソンとは異なるタイプの男と再婚して人生を先へ進めたいと言う。
突如一人きりになった自宅で、彼は空虚感に襲われる。相手を探そうとしたが、それはなぜか空しく、妻への裏切りのように思われた。そんな状態のウィルソンの元に、ニューヨークから大学へ戻る途中のブレントが家に立ち寄った。

********************

私はこの短篇がいちばん好きです。それはウィルソンの不器用さが妙に共感できるから。
失意と喪失を新たな何か(誰か)で埋めようとしても、傷が癒えることはない。心の傷をたとえ乗り越えられなくても、共存して生きていくためには、真正面から向き合うことしかないのでは。ウィルソンがそうだとは言い切れないけれど、少なくとも彼は現実から逃げていないんですよ。
彼は妻を責めようとはしない。また、出会った女性に対して巧みにアプローチできない。そこには彼の臆病さもあるでしょうが、いまでも妻を愛しており、そんな自分に誠実であろうとするからではないでしょうか。自分に正直であろうとするため不器用になるのではないでしょうか。

ブレントは自分自身の道を歩もうとしており、ウィルソンはもはやブレントの考えについていけない。
一人になってしまったウィルソンはこれからどうするのか?そこまでは語られていないのですが、幾夜もの果てに傷を抱えて生きる強さを得るだろう、そう願わずにはいられませんでした。

宮殿泥棒(The Palace Thief)
1945年、聖ペネディクト校(高校)に上院議員の息子セジウィック・ベルが転校して来た。
ローマ史を教えるハンダートは教師となって5年目。ハンダートは、勉強はできないが人気があり、狡賢いセジウィックに手を焼いていた。だが、いつかセジウィックが父親の影響下から抜け出し、自分自身で知的好奇心に目覚めることを期待していた。
そのためハンダートはローマ史の知識を競うコンテストで、誤った判断を下した。

ゼジウィックが卒業し時が経ち、68歳となったハンダートは校長選に破れて退職する。
退職前にハンダートは、いまや全米第二位の大企業の会長となったゼジウィックに、学校への寄付を求めていた。ゼジウィックはクラスメイトを集めて、もう一度コンテストをやることを条件付けた。

********************

45年間を挟んだ二度のコンテストで、同じ過ちを繰り返すハンダート。セジウィックの不正を知りつつ正そうとせず、なおもハンダートは彼に惹かれる。そしてセジウィックに利用されてしまう。同じくセジウィックの不正を知りつつ、沈黙するかつての教え子ディーパク。
ハンダートとディパクが沈黙するのはなぜなのだろう?慎みからか、それとも二人はすでに起こった歴史を学ぶことに興味があって、現実に歴史が作られる過程に興味はないということなのでしょうか。
マーティン・ブライズが印象的で、彼がいちばん身近に感じられて馴染みやすかったです。ハンダートに問い質し、真相を知ったときの彼の晴れやかさ。マーティンのように、子どもの頃の屈辱はどれほどの歳月が経っても、案外に忘れないものだよなあと思いました。(2003/4/5)

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