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すきまのじかん/アンネ・エルボー

すきまのじかん
文・絵:アンネ・エルボー

My評価★★★★

訳:木本栄
ひくまの出版(2002年3月)
ISBN4-89317-265-4 【Amazon
原題:L'Heure Vide(2000)


太陽の時間と闇の時間の間に、灯りを点すほど暗くないけれど、本を読むには明るくない時刻。空にはまだ夕暮れの残照がほんのりと残っていて、やがて薄闇色の訪れを待っている時刻。あるのかないのかわからないような時間。それが「すきまの時間」。

昔は太陽の時間が終わるとすぐに闇の時間がやってきましたが、あるとき、どこからともなく「すきまの時間」が現われたのです。
すきまの時間は居場所を求めて太陽の王さまを訪れましたが、追い出されてしまいました。次に闇の女王さまを訪ねましたが、追い払われてしまいました。
その太陽の王さまと闇の女王さまは、仲が悪くていがみあってばかり。
そこですきまの時間は、太陽と闇の時間のわずかな間に、そっと忍び込みました。それ以外は木の幹の中や街燈の中に隠れてすごしました。

ある夕暮れ、鳥たちが「向こう側の時間」に美しいお姫様が住んでいると話していました。それを聞いたすきまの時間はお姫様に会いたくなり、アオサギに姿を変えて、向こう側の時間へと旅に出ます。
でも、向こう側の時間とはどこなのでしょう?

********************

昼と夜の狭間の、ぼんやりとした薄暮れ。昼でもなく夜でもなくて、時が止まったかのような、夢と現実のあわいに漂う静謐な時間。それがすきまの時間です。
この絵本は太陽と闇と、その間の時間を擬人化した絵本です。太陽の王さまは威厳がありそうだけど怒りっぽい。闇の女王さまはきつい性格でプライドが高そう。
あおいオーバーを着てピンでマフラーを留めたすきまの時間は、人が良さそうだけど、おとなしくて頼りなさそう。行き場所がないからか、所在なげな表情をしているような。

どこか無機的で、読む側との距離をとっているような印象がするのは、青灰色を基調としたり、彩度を抑えた色彩のせいでしょうか。また、どのページも消音しているかのようで、王さまと女王さまが争っている場面でも、音が感じられないんですよ。
色彩と消音されたような絵からは静けさが感じられ、そのためか絵と言葉がスーッと沁みこんでくるような。

例えば防音の効いたビルの中で、ガラス越しに往来する車や人々を眺めているとき。一枚のガラスによって、なぜかとても隔てられたような気がすることはありませんか?ガラス越しに眺めているとき、周囲から乖離してしまったように感じることはありませんか?
そんな現実なのに現実でないかのように感じる距離感と、静謐さのある絵本だと思います。現実世界から一歩引いたような奇妙な静けが、すきまの時間そのものなのかな。この距離感、嫌いじゃないです。ちょっと不可思議な感覚のある絵本でした。(2002/10/21)

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