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会津落城/星亮一

会津落城
星亮一

My評価★★★★

中公新書(2003年12月)
ISBN4-12-101728-5 【Amazon


著者あとがきによると、戊辰戦争から130年後の1998(平成10)年から会津と長州の和解が話題になった。そして2003(平成15)年、和解への第一歩を踏み出したという。約130年前の戊辰戦争が、当地の人々の間でいまだに後を引いていたことに驚いた。
私の感覚では、戊辰戦争はとうに過ぎ去った大昔の出来事であり、開国をめぐる勤皇派と、反対勢力の佐幕派による戦いという歴史の一コマという認識しかなく、せいぜい歴史の教科書で読んだか、時代劇のドラマで見たぐらい。現代人には関わりのない出来事だと思っていた。
一国内での紛争は遠い外国の出来事と思っていたのだが(もっともあちらは民族の対立だが)、日本国内でのかつての戦争において、いまだに和解していないということは驚く以外にない。
なぜなのだろう。そもそも戊辰戦争はなぜ起こったのか?会津藩は朝廷を警護していた京都守護職だったにも関わらず、なぜ新政府と戦うはめに陥ったのか?それはどんな戦いだったのか。
そんな疑問に答えるべく、戊辰戦争の発端となった会津戦争の実態を、多くの資料を基にして描き切ったノンフィクション。

本書は鳥羽伏見の戦い(1868年1月)以降から始まる。このとき会津藩はすでに佐幕派だったのだが、どうして佐幕派になったのかはわからなかった。同年2月、戦いで惨敗した慶喜は江戸城を無血開城している。
幕府が瓦解し、会津藩は新政府に恭順の意を示した。この時点で戊辰戦争は回避できたはずだろう。だが会津藩の恭順の意は受け入れられず、征伐の対象とされた。
会津藩がスケープゴートにされたと言うのは簡単だが、ではなぜスケープゴートにされたのか、なぜスケープゴートが必要であったのかがわからない。その点が究明されて何のための戦争だったかを知ることは、一番大切だと思うのだがいまだ解明されていない点が多いようだ。
ともあれ会津藩は新政府に対抗するために、薩長の新政府を歓迎しない東北と越後の諸藩と同盟を結び、そして会津戦争へと突入してゆく。
言わせてもらえれば、戦争という方向へ向かうのではなく、諸藩の同盟を後ろ盾にして恭順の意を押し通すこともできたのではないのだろうか。そんな甘いものではないかもしれないけれど。

戊辰戦争には諸外国の思惑も働いていたという。イギリスは薩長側、フランスは幕府寄り、プロシャとイタリアは北方諸藩についた。長州にはイギリスの武器商人、会津にはプロシャの武器商人がついた。
当時アメリカで南北戦争(1861-1865年)が終わり、そこで使われていた武器弾薬が流出していた。武器商人たちはその武器を日本へ輸入していたという。時期的には十分に有り得る。そんな形で南北戦争が日本に関わっていたとは意外だった。

会津戦争といえば白虎隊や娘子軍が有名だが、どちらも会津の軍で前者は少年兵、後者は女子。
いまはどうかはわからないが、私が小さい頃は白虎隊を題材とした時代劇が多々あり、自領を守る白虎隊の姿を、悲劇の清廉の士と扱っていたフシがあった。娘子軍も、その勇ましさが讃えられていたと記憶している。
幼かったので本当はどんな内容だったかわからないが、戦って潔く死んでゆく人たちを「美談」として扱ったような印象が残っている。
本書を読めば、白虎隊も娘子軍も美談などではなく、彼/彼女らは、そうするしかない状況に置かれていたのだということがわかる。著者はその点を強調している。特に娘子軍は悲惨で、その理由を大別すれば、一つに婦女子の動向はその家の家長によって決められること。もう一つは、市中に逃げても薩長軍が婦女子を強姦や殺害していたため、逃げるに逃げられなかったことが挙げられるようだ。

著者は、鶴ヶ城に籠城した藩士の一人で当時18歳の三沢千賀良(ちから)が、戦闘中に記した日記に後年に同僚の話を聞いてまとめた『暗涙之一滴(あんるいのいってき)』をひく。三沢は城内の壊滅的な状況を伝えているが、藩士ということもあってか最後まで戦う決意をしていたという。
一方で著者は、会津の少年兵として徴兵された遠藤平太が、後年に著した『戊辰戦争従軍記』から戦争の実態を紐解こうとする。平太は戦争に懐疑的だった。
誰もが戦争を肯定していたわけではない。薩長軍でも、参謀以外にこの戦いの意義を知っている兵士はどれほどいたのか疑問に思う。

戦争になると村は兵士たちの宿泊所となったり、糧食を提供しなければならなかったりする。
ときに村人は兵力にされる。村人は自らの意思に関わりなく非常に危険な立場となる。彼らは徴兵されたり、自衛のためにどちらかの側に付くしかなかったり、あるいは自ら志願して戦った者もいる。
戦争というものは、兵士だけが被害を蒙るわけではないのだ。否が応にも周囲は関わりを持たざるを得なくなるのである。
歴史書ではこうしたことは省かれてしまうが、著者は庶民がどういう状況下によって、戦争に関わらざるを得なかったかも書いている。歴史の表舞台に出ることのない人々にとって、戦争とはなんであったのか。そんな部分を書いている著者に好感が持てた。
130年ほど前の戦争で憎み合うのではなく、どうしたらニ度と戦争を起こさないようにできるのか、歴史から学んで前向きに考えてほしいと思う。(2004/6/10)

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