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会津藩はなぜ「朝敵」か/星亮一

会津藩はなぜ「朝敵」か
星亮一

My評価★★★★

ベスト新書(2002年9月)
ISBN4-584-12046-3 【Amazon


副題『幕末維新史最大の謎』。
著者は冒頭で教科書問題について触れているが、私も小学校のときに教科書で「薩長は官軍で会津は賊軍」というようなことを習った記憶がある。
当時は鵜呑みにしていたが、いま考えれば薩長藩(明治政府)を絶対善とした場合、会津藩が悪者という図式でしかない。政府を絶対善という考え方に知らずしらず慣らされていたのだろう。
京都守護職で孝明天皇の信頼篤かった会津藩がなぜ朝敵となったのか、どうしても腑に落ちない。これを知ることは戊辰戦争とは何であったのかを知ることにもなるだろうし、明治維新とは何であったのかを知ることでもあると思うのだが。

以下、本書から私的に気になった箇所を、時系列順に箇条書きにしてみた。
■攘夷倒幕を目指す長州軍は、洛中に大砲を並べる。会津軍は薩摩軍と手を組み、これを撤退させ、長州軍に加担した七卿を追放。
■その後長州軍は、御所に火を放って開国に反対する孝明天皇を拉致しようとする。だが、事前に新選組に阻止される(池田屋事件)。
■長州軍は洛中に向けて進撃し、御所を包囲して砲撃する。会津は薩摩軍と組んで長州軍を撃退。この功により、会津藩主・松平容保(かたもり)は孝明天皇から御宸翰(しんかん。天皇直筆の文書)を賜った。御宸翰は天皇から信頼されていることを示す証となる。
■慶応2(1866)年、12月12日、孝明天皇が風邪をひき、侍医から痘瘡(天然痘)と診断される。順当に快復に向かったが、同月24日に症状が悪化し、25日に崩御する。
天皇が痘瘡に罹ったのは確かだが、急性砒素中毒による毒殺ではないかという複数の研究者がいる。逆に天皇暗殺はデマだという研究者もいるそうだ。
■孝明天皇亡き後、薩長同盟が結ばれる。慶応3(1867)年10月6日、大久保利通と岩倉具視は密勅(天皇が内々に下した勅命。この場合、天皇の命により徳川・会津を討つという内容になる)を捏造し、明治天皇の外祖父・中山忠能(ただやす)に承認してもらう。
この密勅がニセモノであることは、今では広く知られている。さらに岩倉たちは錦の御旗(みはた。天皇家の家紋の菊の図案が入った旗。この旗を掲げている方が天皇軍となり、相手方は朝敵となる)を掲げることを考えつく。
上記の当時、明治天皇は即位したばかりの少年で、15~16歳でしかなかった。
■その後10月14日、徳川慶喜は政権を天皇に返上する。
■鳥羽伏見の戦いへと突入。この間、薩長による新政府はいまだ発足していなかった。

この後に江戸城が無血開城されるが、西郷隆盛らは江戸城攻めを考えていたという。だが、西郷の使者がイギリス公使パークスを訪ねたところ、パークスにたしなめられたので江戸城攻撃を取り止めたそうだ。パークスは、恭順した慶喜を討つのは国際世論、万国公法に反すると言う。
江戸城無血開城によって慶喜は歴史の表舞台から降りたが、その後に会津と庄内が朝敵とされ、戊辰戦争へと突入する。これらに明治天皇がどこまで関わっていたのか。洛中で政治とは無縁に育ったであろう15~16歳の少年に、高度な政治的判断が可能だったのかは甚だ疑問である。

本書で興味深いのは幕府側(奥羽越列藩同盟)にも改革案があり、その中心人物が仙台藩(当時の仙台藩は学問が盛んで優秀な人材を輩出していた)の玉虫左太夫(訪米経験があり、知己の福沢諭吉とサンフランシスコで会っているという)だったという。玉虫は奥羽越列藩同盟の参謀だった。
著者によると玉虫はアメリカに見習って人間平等の共和政治を目指していたらしく、薩長の藩閥政治に対して、奥羽越列藩同盟は共和制を掲げていたのではないかという。その理念が具体的にどんなものであったかは、玉虫が書いたものが何も残っていないので詳しくはわからないそうだ。玉虫の理念の研究がもっと進めば、両軍の理念の違いがハッキリするのだろうが。

本書を読んで、なぜ戊辰戦争にまで発展したのかは、両軍の政治理念の違いにもあったのではないだろうかと思った。政治理念の相違という視点は見過ごしにできないのではないかという気がする。会津藩が恭順を示しても戦いをやめなかったのは、理念を潰すためもあったのではないかと思えてきた。

本書は非常に興味深かった。武力や戦術・戦略の優れている方が勝つのは当然だろうが、その結果、勝った側の歴史観がまかり通る。だが、勝った方が正しいのかとなるとそれは別問題であり、「勝ったほうが正しい、勝てば正義、勝てば何でも許される」というような歴史観は見直すべきだと思う。
会津の朝敵問題だけではなく、私たちは歴史あるいは現代社会や世界状況を見る目を、見直す時期にきているのではないだろうか。(2004/9/7)

追記:2013年1月、ワニ文庫化【Amazon

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