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東と西/サルマン・ラシュディ

東と西
サルマン・ラシュディ

My評価★★★★

訳:寺門泰彦
平凡社(1997年4月)
ISBN4-582-30223-8 【Amazon
原題:EAST,WEST(1994)

目次:
[東] よい忠告は宝石よりも稀/無料のラジオ/預言者の髪の毛
[西] ヨリック/ルビーのスリッパの競売にて/クリストファー・コロンブスとスペインの女王イサベル、画竜点睛を施す(サンタ・フェ 1492年)
[東と西] 天球の調和/チェーホフとズールー/コーター


インドから後にイギリスへ帰化したサルマン・ラシュディ(1947年、インド独立の年に生まれる)短篇集。[東]はインドに住む庶民の姿、[西]はイギリスなど西欧を寓話的に風刺。
[東と西]ではイングランド在住のインド人を描いており、登場人物は東洋と西洋世界の文化の狭間で揺れます。そこに作者の姿をみるような思いがしました。

無料のラジオ(The Free Radio)
男前のラマニは、両親の残した新品の輪タクで稼いでいた。だが10歳は年上だろう盗っ人の後家に見初められた。
わしはラマニに忠告したが聞き入れてもらえなかった。後家には5人の子どもがいたが、ラマニは結婚してしまった。

ある日からラマニは、トランジスターラジオが手に入ると吹聴して回っていた。
ラマニは、バニヤンの樹の下に停めた保健所のトレーラーへやってきた。トレーラーでは精管切除をしていたのだ。
ラマニは精管切除に何の懸念もなく、手術を受けると無料でラジオがもらえると喜んでいた。だが、無料ラジオ計画はとうに潰れていたのだ。
ラマニは輪タクで街を走りながら、まるでラジオがあり彼の耳に聴こえているかのように、ラジオの実況中継をするようになった。そして一年が過ぎ、ラマニは・・・。

********************

訳者あとがきによると、時代背景は1975~1977年。この時代、なかば強制的な避妊手術が強行されたそうです。爆発する人口を抑制し、貧困層を軽減させて経済基盤を確立するためなのでしょうが・・・。
でも精管切除していたとは!こういう言い方はなんですが、確かに一番効率的かも。人道的ではありませんが。

男前で人のいいラマニは文字を書けない。人からは少々おつむが弱いと思われている。そんなラマニが手術の犠牲者となる。
何も知らないで自分で考えることもできずに手術を受け、その後ひたすら精神のバランスをとろうとするラマニの狂気。いや、インドそのものが狂っているんじゃ・・・。
でも、ラマニのような若者をなくするにはどうすればいいだろう。根源的な解決策はいまだ見出されていないようです。作者も提示していない、できないのだろうと思います。解決するには非常に難しい問題なので、私としては「インドに生まれなくて良かった」としか言えません。

預言者の髪の毛(Prophet's Hair)
裕福な青年アッタは、街の最も貧しく最下層の地区に足を踏み入れ、泥棒を雇おうとして暴漢に襲われる。
今度は彼の妹フマーが、最下層地区を訪れて泥棒を雇うことに成功する。泥棒は神を恐れない者でなければいけないのだ。

兄妹が泥棒を雇う理由は、父親が湖で拾った銀の枠に嵌まった色ガラス瓶の中にある、銀の吊り輪に括り付けられた髪の毛が狙いだった。それは前日の朝、ハズラットバル寺院から盗まれた、予言者ムハンマドの聖髪。
この瓶を拾ってから父親は極端に厳格・無慈悲になり、家庭に不和が持ち込まれた。一度はアッタが父親の部屋から盗み出してモスクへ戻そうとしたが、途中で失ってしまった。そしてまたもや父親が湖から拾い上げた。
今度は父親が警戒しているので、プロに盗み出させようというのだ。

********************

あとがきによると、ハズラットバル・モスクはカシミール州のスリナガルにあり、このモスクから1963年に聖髪が紛失したそうです。実際に起きた事件なんですね。
1963年のクリスマスに、聖髪が何者かに盗まれて大騒ぎとなった。翌年1月3日にどこからともなく現れるがニセモノだと噂され、事件は宗教の異なる隣国をも含む、大規模な宗教暴動に発展したという。
この作品では、誰が聖髪をモスクから盗んだのかと判然としません。しかし偶然にフマーたちの父親の手に渡り、フマーの思惑から想像もできない展開を経てモスクに戻るまでが書かれています。

泥棒シェイク・シンは、聖髪を数分間家に持ち込んだ。そのため彼が、乞食稼業でたんまり稼げるように生後すぐ脚を不具にした息子たちが、翌朝には奇跡によって五体満足となった。たが息子たちは喜ばない。
ラストまで皮肉な作品だが、シンの妻だけが何も求めず欲に捉えられないが故の敬虔さがあり、最後にチラリとしか登場しないが印象的。

不寛容の域にまで達する厳格さ。幸福と不幸を意図的に追求することは欲望なのか私にはわからないけれど、この作品では欲望のように感じられます。だから破滅するのかも。
作品には書かれていないけれど、おそらくシンの妻はすべてをあるがままに受け入れていたと思われます。それが故に平静なのだろう。彼女と他の人物を対比させると、真の信仰とは何かということがみえてくるような気がする。

コーター(The Courter)
1960年代の初頭、私たち一家と乳母は、インドから来てイギリスで暮らしていた。
乳母サートンリ・メアリーは、アパートメントのホールポーター(荷物運び係)のミクスタップ老人を「ポーター」と言えず、「コーター」と発音していた。彼女に英語は難しかったのだ。メアリーとミクスタップは親しくなり、よくチェスをして過ごしていた。

あるときミクスタップは、アパートメントに暮らす二人のマハラジャから、借金取りが来たら居留守を使うよう頼まれる。借金取りの男たちはミクスタップを殴って、一旦は引き上げた。
だが後日、私の母がマハラニ(マハラジャの妻)と勘違いされてトラブルに巻き込まれる。
事件は収集したがメアリーは心臓を患う。原因はホームシックだった。ここはインドではない、ロンドンはボンベイではない。それが彼女の心臓を痛めていたのだ。そしてイギリスにはいられない、インドへ帰ると訴える。

********************

ロンドンに移住したインド人一家、主人公の思春期を迎えた少年時代と青年期を通じて、乳母が描かれる。
乳母はイギリスにいられないとインドに帰るけれども、主人公の考えは違う。乳母メアリーと主人公の対比が鮮やか。

父親は仕事でたまたまイギリスに住んだにすぎないが、彼は自らの意思で越境しようとする。
彼はイギリスの寄宿学校で過ごしたりと、インドよりもイギリス暮らしが長く、純粋に第一世代といえないかもしれない。だから乳母よりもイギリス社会での抵抗感が少ないのだろう。そして東と西のどちらかを選ぶのではなく、両方の世界に生きようとする。彼の信念はこの短編集の末尾を飾るに相応しく、作者の想いが込められているように思いました。(2002/3/15)

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