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北に吹く風/宇津志勇三

北に吹く風
宇津志勇三

My評価★★★☆

本の森(2006年7月)
ISBN4-938965-82-8 【Amazon


平城京の都へ出て、ツテを辿って官職を得ようとした20歳の畑井靖人(やすと)。やっと得た官職は、夷狄を律令下に置くための組織・出羽柵への派遣管だった。
靖人は夷狄の人と親しくなり、狩猟に頼る彼らに、開墾して稲を植えることを勧める。靖人の人柄に夷狄の人々は心を開いてゆく。

中央から出羽柵北上が命じられ、その仕事に靖人が大抜擢される。太平洋側から夷狄の土地を通って、日本海へ抜ける陸路を造る。要は二つの貿易港を繋ぐためのルートを造り、秋田側にも朝廷の活動拠点を造ることだった。
長官の難波が靖人を抜擢したのは彼の能力は元より、人柄によるところが大きい。武力を行使して道を開くことはできるが、夷狄の協力がない限り、維持するのは困難だからだ。夷狄の協力を得るには、夷狄と友好関係を築くことのできる靖人のような人物こそが、最も適任と判断したのだった。
朝廷から、多賀柵から秋田柵までの直通路完成の勅命が下った。藤原麻呂を特節大使とする征討軍が、蝦夷地の秋田へ進軍するためだった。
靖人は両者の戦いを避けるために奔走する。

********************

古代東北を舞台にした歴史小説。2004年第17回銀の雫文芸賞の最優秀賞を受賞。宮城県考古学会の現会長による序文有り。
『続日本記』に綴られている出来事から発想を得たそうです。奥付のプロフィールによると、著者は会社を定年退職した後、小説や句作を書く日々を送っているとのこと。

プロの作家ではないのだけれど巧い。この手の話にしては少ないであろうページ数なのに、よくまとめていると思います。古代日本を舞台とした小説というと難しく思われるのだけれど、とてもわかりやすくて読みやすかったです。日本史は苦手だけれど、難なくついていけました。
そして、近頃では珍しい(と私は思う)、さわやかで清々しい読後感。この清々しさは一重に靖人と、彼と交流する夷狄と呼ばれる人々、難波などの人物造型にあると思います。彼らの「人」としての交流にあると思う。

天平年間、朝廷は最北機関である多賀城(宮城県多賀城市)の城柵(出羽柵)を、秋田の高清水岡に遷したという。城柵とは、朝廷の支配下にない東北の蝦夷あるいは夷狄を律令制に組み入れるための組織、または調停・防衛機関らしい。
その城柵を、なぜいっきに100キロメートルほども移動させなければいけなかったのか?しかも厳寒に。また、なぜそれを可能ならしめたのか?敵国の地に道を通すのに?といったような疑問から出発した小説。

難波の考えるように、多賀城から異国である秋田へ道を通したとしても、それを維持できなければ意味がないだろう。維持するためには、武力に頼るには限度がある。夷狄と友好な関係を築いてこそ、安心して通行できるというもの。
しかし、夷狄側は反対している。一度道を通したら、そこが彼らの土地でなくなってしまう。それを恐れているのだ。
なるほど、すでにインフラが整備された現代人にとっては、なかなか思いつかないが、他国に道を造るというのはそういうことなのか。これは、確かに夷狄側の言うことに理があるだろう。

朝廷と夷狄は利害が対立する関係にあり、朝廷と夷狄との対立・衝突という構図はよくある。しかし個人対個人としてみた場合、人は必ずしも対立するばかりでなく、信頼関係を築くことができるはず。そうしたことから、歴史に別の見方を示したのではないかと思います。
それを楽観的と思う人がいるかもしれません。けれども、サラリと書かれているが政治的な駆け引きもあり、作者がシッカリ考えていることが窺えました。
人は互いに真摯な気持ちがあれば、バックボーンを抜きにして人間同士として交流することができる。そこにこの作品の妙味があると思います。欲得抜きで人を信じることができ、彼らのために奔走する靖人だからこそ、相手も靖人を信じることができる。そのような信頼が人間関係を築くのだ、と。
殺伐とした現代において、靖人のような人物、彼と夷狄たちの関係がとても清新に感じられてなりませんでした。(2006/9/12)

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