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椿山/乙川優三郎

椿山
乙川優三郎

My評価★★★★

解説:縄田一男
文春文庫(2001年11月)
ISBN4-16-714163-9 【Amazon

収録作:ゆすらうめ/白い月/花の顔/椿山


自分自身を見失い、苦しみもがき嘆く人々。そんな人々に訪れる、悟りにも似た一瞬の僥倖。捉えることできない刹那的な瞬間。その心象世界を、儚い自然の風物に重ね合わせた短篇時代小説集。

ゆすらうめ
百姓で食えなくなった孝助は姉の色茶屋の番頭になって、帳場をつけて暮らしていた。
ある日、女衒に連れられて店へ来たおたか」が娼妓となった。 おたかは売れっ子になるが、年季が明けると堅気に戻った。
孝助は堕ちるだけで足を洗えない自分の変わりに、せめておたかには堅気の生活をまっとうさせたいと奔走する。

********************

自分では出来ないためにおたかに期待する孝助。それは孝助の弱さなのだけれど、ちょっぴりズルさもあるような。
孝助より、おたかの存在が一際艶やか。おたは自分で決めた生き方を通じて、孝助の進むべき道を示してやる。その姿勢には孝助への憐れみや気どりはない。そんなおたかだけれど、彼女の凄絶な美は哀しい。日蔭の花も亦花也。

白い月
職人の亭主を持つおとよは、亭主が博打で負けた借金を返済するために駆けずり回った。
亭主が博打を始めたのは、おとよの母親の薬代を稼ぐためだったが、いまでは賭場に入り浸り。腕はいいのだが、博打を止められないでいた。おとよは亭主を捨てて、独り立ちして幸せになろうと考える。

********************

愚かでもいい、信じる気持ちを失わないおとよ。
確かに信じることは大切だけれども、人の気持ちは変わる。その上で、希望を捨てないところに意味があるのだと思う。
この後はどうなるのだろう?おとよは報われるのだろうか。

花の顔(かんばせ)
武家の嫁さとは、口うるさい姑たきに20年間仕えていた。しかし義父が亡くなり、たきの様子が言動がおかしくなった。さとのことがわからないのだ。
夫は江戸詰めに出て、息子も江戸で学問を学んでいる。屋敷には下女はおらず、さとは何もかもを一人でこなさなければならない。精根尽き果てたさとは、やがて姑に憎しみを抱き始める。

********************

痴呆症の老人介護の問題を扱った短篇。介護疲れで追い詰められたさとは哀れだが、たきも哀れだと思う。
憎しみからは何も生まれない。わかってはいても、日々の生活に追いやられている間に現実に圧し潰されて心に余裕がなくなり、目前のことしか見えなくなってしまう。それは理性ではどうしようもないのだろう。しかし、苦しみのなかの一条の光明によって清められる。
仕事に打ち込み家庭を顧みず理解のない夫の存在を、作者は男性なのに嫁の側に立ってよく書けているなあ。作中の夫婦は離縁しないけれど、熟年者の離婚の原因はこんなところにあるのかもしれないと思った。

椿山
才二郎は塾の帰りに、上士の息子伝八とその取り巻きに吊るし上げを喰らう。塾長の娘孝子に近づくなと言うのだ。才二郎は伝八を殴り返したが、袋叩きに合う。
才二郎を助けたのが、同じ塾生の寅之助だった。それを機会に、二人は身分は違えど親友になる。
屋敷に帰った才二郎は、父親に上士の家へ謝罪に連れ出される。身分に屈服させられる。この日を境に才二郎は、誰よりも出世することを胸に誓い、ひたすら学問に励む。
時が過ぎ、見習いとして登城した才二郎は才気煥発さを認められるが、同時に城内に巣くっている不正に気づく。

********************

恋あり友情あり、大志を抱いて突き進む爽やか青春時代小説、かと思いきや一筋縄ではいかない。事態は意外な展開を迎える。
利発さゆえの不幸だろうか。初めは純粋だったはずの気持ちが、いつしか惑わされて見失い、歯車が狂い始める。
才二郎の歯車が狂うのは彼自身の意思によるのだけれど。彼の論理には説得力があるのだが、そのことが本人にとって不幸となる皮肉さ。 その先に何が待つのか・・・。「失った」と思われたものは、実は見失っていただけなのだろう。(2001/12/2)

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