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プラトーノフ作品集/プラトーノフ

プラトーノフ作品集
プラトーノフ(アンドレイ・プラトーノフ)

My評価★★★★★

訳・解説:原卓也
岩波文庫(1992年3月)
ISBN4-00-326461-4 【Amazon

収録作:収録作:粘土砂漠/ジャン/三男/フロー/帰還


アンドレイ・プラトーノウィチ・プラトーノフ(本名クリメントフ。1899-1951)はソ連時代の作家。解説によると、プラトーノフは反革命的作家として常にマークされていた。そんな状況の中で、当時の検閲をパスさせて読者の目に触れさせたいがために、妥協した部分があるという。

プラトーノフは、旧ソ連政権から反革命的作家として文学史から抹消された。雪どけ後から再評価が高まっているという。訳者は解説で二十世紀世界文学のじ重要な作家であろう(p336)と高く評価している。この言葉が過言でないことは『ジャン』を読むとわかる。この作品は紛れもなく名作だろう。
私としては全体的に、男女間の性差に納得できないものがある。そのことは旧ソ連や周辺諸国の社会背景が元になっているので、当時の社会構造と時代性を念頭に置くべきだろう。しかし時代を越えて真の社会改革とは何か。人間性、人間として生きる希望とは何かを求めたところに作者の真意があるのだろう。

粘土砂漠(タクィル)(1934)
ペルシャやクルド人と対立するトルクメン人(1917年のロシア革命後、この地域で各種の民族紛争が激発した(p6))。最後の襲撃戦の末期に、トルクメン人の騎馬隊はペルシャ人の捕虜を連行し、ロシア国境を越えて自国に引き揚げていた。14歳のペルシャの少女ザリン・タージも捕虜の一人だった。
ザリン・タージは、テッケ族のトルクメン人であるアタフ・ババに与えられて、遊牧民としての生活を始める。彼女は女の子ジュマリを生む。

ジュマリが少女となったころ、母親のザリン・タージが病気にかかり、部族は親子を残して移動する。食べる物もなく人もいない不毛なタクィル。ジュマリは粘土の塔で、オースラリア人の青年ステファンと出会う。二人はタクィルで一緒に暮らすが、ステファンが稼ぎに出かけたあるとき、ジュマリは赤軍の騎兵斥候隊によって、アシハバート(トルクメン共和国の首都)とタシケント(ウズベック共和国の首都)へ送られる。
首都の農業大学を卒業して数年後、ジュマリは果樹園を作るために故郷タクィルへ戻って来た。そして母が亡くなり、ステファンと暮らした粘土の塔を訪れる。

********************

ジュマリを理解するためには、まず母親ザリン・タージの生き方を理解しなければならなかった。母親を理解してこそ、ジュマリが何を考え。何を求めているのかがわかる。そしてタクィルという土地と諸民族の関係も、ジュマリという娘の生成には不可欠だ。特にタクィル(粘土砂漠)で生きるとはどういうことなのか。その苛酷さはもはや想像外だ。なので日本人にはちょっと理解し難いかもしれない。
肝心なのはジュマリが自発的に故郷へ戻って来たということ。その故郷で果樹園をプランニングする意志を秘めていることなのだ。つまり、これまで受動的に生きてきたジュマリが、自分自身の意志で生きるということが肝心なのだと思う。

ジャン(1966)
日本版の副題に『ジャンとは幸せを求める魂のこと(トルクメンの民間信仰)』とある。
モスクワ経済学部を卒業した経済学士ナザール・チャガターエフ(脚注によるとチュダカイ語。中央アジアの中期チュルク語の一つにチャガタイ語がある(p4))は、卒業パーティーでヴェーラと出会い電撃結婚する。直後に彼は故郷であるアジアの砂漠の只中へ派遣される。彼の民族を探し出して援助するよう任命されたのだ。
彼の民族は呼称を持っていなかったが、自分たちでは『ジャン』と呼んでいた。ジャンとは「魂とか、いとしい生命」という意味。彼らは魂以外に何一つ持っていないからだった。

チャガターエフは幼少のころ、体が弱って彼を育てることができない母ギュリチャタイから、一人で生きていくよう言われた。少年だった彼は砂丘を越えて、羊飼いの世話になり、そこでソビエト政権に渡されて育てられた。
ジャンを探していた彼は、肉親ではない老人の世話をしている、まだ幼い少女アイドゥイムを連れてゆく。少女の瞳にはまだ人間的な希望や輝きがあった。

チャガターエフはジャンを探し出す。彼はジャンの人々に、生きる意欲を取り戻させようとするが、何の希望のない人々にとって、生きること生きていると実感することは、もはや絶望や苦痛を通り越して無感覚でしかない。ジャンの人々の願いは、死による地上から消滅=解放だからだ。そんな人々を救うには、食糧を与えるだけでは意味がなかった。
この地へ派遣されていたヌール・ムハメッドはジャンを駆り立てて、もっといい土地へと導く。だがムハメッドの狙いは、ジャンの救済にはなかった・・・。

********************

20世紀の世界文学史に残るべき作品だと思う。訳者はプラトーノフの最高傑作と評している。他はともあれ、この中篇作品は読まれたし。
解説によるとこの作品及び『粘土砂漠』は、1934年に作者がトルクメン共和国へ派遣され、砂漠を放牧する貧しい人々を目にしたことがキッカケとなって書かれたという。チャガターエフは独善的なところがあってあまり好きではないが、この作品で重要なのは主人公の性格そのものではない。彼の存在や行為、民族を想う心は重要なのだけど。

虐げられ、生きる意志も感情も失い、糧もなく、ただただ死を求める少数民族ジャン。現実の有り様に絶望した人々が、現実や生に対する絶望感や希薄感をどうやって乗り越えるか。絶望を越えて人間をやめてしまった人々が、どうすれば幸福になれるのか、人間として生きることができるのか。生きるとはどういうことなのか。作中では理想論や哲学、安易な同情や感傷を徹底的に排している。

正直にいうと、この作品は私の理解を超えている。民族であるよりも一個の人間としての再生を願うラストは、果てしなく続く民族紛争を踏まえているのではないだろうか。
この作品の結末は、そうするしかないのだろうが、本当にこの結末でいいのかどうかよくわからない。私にはどうすればいいのかわからないのだ。人間が生きる限りにおいて、おそらく永遠の命題だと思う。

三男(1936)
都市に住む70歳になる老人の妻が死んだ。老人は6人の息子たちに電報を打った。物理学者の党員である3番目の息子は、一度も祖父に会ったことのない6歳の娘を同伴して来た。父親と半ダースの息子たちは、妻であり母である老婆の亡骸の周りに集う。祈祷式が終わり夜になって、老人は孫娘と一緒に眠ろうとする。

別室では久しぶりに会った息子たちが、様々な話題に興じている。やがて三男が、老人たちが寝ている棺のある部屋へやって来る。他の息子たちもやって来た。息子たちは母親の思い出の詰まった、屋内や中庭にそれぞれ散ってゆく。翌朝、埋葬に向う息子たちを眺めた老人は、いつか自分も立派に葬ってもらえるだろうと、6人の息子たちを誇らしく思い満足する。

********************

検閲を意識していたのではないかと思わせるほど、ソ連社会に貢献する息子たちと、その家族の繋がりを書いた当り障りのないスケッチふうの作品。タイトルを考慮しないとしても、もっと三男を全面に出してほしかった。しかし老いた父親が、息子たちを誇らしく思う気持ちは伝わる。
それだけの作品でしかないとも言えるが、死者である母親から、生者である父親と息子たちへと、死して後も伝えられる想いが、この作品の焦点かもしれない。

フロー(1936)
長期間の予定で遠くへ仕事に行った夫。夫からの手紙を待ち続けるフローシャだが、いつまで経っても手紙はこない。
家には一旦は退職したが、控えの機関士に採用された父親がいる。
駅へ通って手紙が届くのを待つフローシャは、夜間に炭ガラかきだし作業をしたり、クラブでダンスをして気を紛らす。彼女は電気工学を専門とする夫の影響で講習会に通っていたが、夫がいないいま、講習会には何の興味もなかった。

夫は到着を知らせる電報を送ってきたが、以後音沙汰がない。彼女は真っ先に夫からの手紙を手にするため、郵便局で集配人の仕事に就くが、やがて家にこもりきりになる。そして父親名義で電報を送らせる。帰って来た夫はしばらく彼女と共に過ごすのだが・・・。

********************

夫のいない淋しさを紛らそうとするが、堪え切れないフローシャ。その気持ちはわからなくはないが、自立していない女。彼女が憐れんでいるのは自分自身でしかないからだ。
そんなフローシャが夫を待つ強さを得る。フローシャの淋しさを象徴するハーモニカを吹く少年が登場するが、この少年はもう一つの象徴でもある。このことに他の作品にも通じる、プラトーノフの願いが込められているのだと思う。しかし、それなりにまとまっているが、掘り下げ方が浅く表面的で消化不良気味だった。

帰還(1947)
戦地から復員するイワノフは、列車を待つ駅で年下のマーシャと知り合う。ドイツ軍の侵攻によって家族の消息が知れず、なじみのない親戚しかいないマーシャは、故郷へ帰ることに戸惑いがあった。イワノフはそんなマーシャに惹かれて、彼女の故郷の町で列車を降りる。そして二日後に、妻と子供たちの待つ自宅へ向う。

イワノフが留守にしている間、妻リューバは煉瓦工場で働いてきた。幼かった息子ペトルーシカは少年になり、家の一切を取り仕切っていたが、イワノフにはそんな息子が可愛げのない子どもに思えた。
イワノフは自分が留守にしていた間、セミョーンという男が出入りして、子どもたちの相手をしていたことを知る。その晩、イワノフは妻にセミョーンとの関係を問い詰める。妻はセミョーンとは何の関係はなかった、しかし別の男、労働組合の指導者と一度関係があったことを告白する。生きる喜びを求めて。だがその男は愛せなかった、やはり夫を愛していると言う。
イワノフは妻を攻めるが、妻は夫が自分たちの生活の何を知っているのかと言う。翌朝、夫は列車に乗ってマーシャの住む町へ向う。発車してから、ふと村道を見ると・・・。

********************

要するに自分の浮気は棚に上げて、妻の浮気は許せずに断罪する男のエゴを真正面から書いている。そして妻も一人の人間であることを説いている。それだけではなく父親を徴兵されて育ったペトルーシカを通じて、家族であるとはどういうことかを描いた作品。世知辛いペトルーシカだが、そうならざるを得なかった背景には、やはり戦争が介在している。
しかしこの作品集全体を通じて考えると、作者が伝えたかったのは戦争による影響だけではなくて、どんな状況でもお互いが理解して認め合うことだと思う。それは家族という単位だけではなく、もっと広範囲のことを示しているのではないだろうか。自分の子どもに対してだけではなく、すべての子どもに対して先達(親)がどうあるべきか、ということではないだろうか。

スターリン時代に発表されたこの作品が、ソ連軍人を中傷する作品と猛攻撃されて、プラトーノフは文壇と文学史から完全に抹消されたという。このことによって、スターリン政権がどういうものだったかがわかるだろう。妻の浮気の是非はともかくとして、この時代、ましてやソ連という国で、女性の人間性を主張した作品はかなり珍しいのではないかなあと思うのだけれど、どうなんだろ。(2002/11/21)

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