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チャリング・クロス街84番地/ヘレーン・ハンフ

チャリング・クロス街84番地
ヘレーン・ハンフ

My評価★★★★★

訳・解説:江藤淳
中公文庫(1984年10月)
ISBN4-12-201163-9 【Amazon
原題:84,Charing Cross Road(1970)


日本オリジナル副題『書物を愛する人のための本』。1949年10月5日、ロンドンのチャリング・クロス街84番地にある古書専門店マークス社に一通の手紙が届く。差出人はニューヨークに住むヘレーン・ハンフ。彼女は新聞広告で知ったマークス社から、欲しい書籍を取り寄せようとした。
これが書物を愛する文筆業のハンフと、マークス社の担当フランク・ドイルはじめマークス社との、20年にわたる交流の始まりだった。本好きによる、心温まる往復書簡集。

********************

時代背景が興味深く、当初の手紙は第二次世界大戦後なので、大英帝国は食料をはじめ物資が欠乏しており、食料が配給制だったことが知れる。ヘレーンは好意で、マークス社宛に肉や卵、缶詰などを送る。
1951年10月20日のドイルの手紙では、チャーチルの保守党当選することを願っていることが書かれている。1953年9月23日のマークス社社員セシリーの手紙では、イギリスがすでに自由販売になってことが知れる。
また、1965年10月4日のフランクの手紙では、ビートルズについて触れている。それほどの歳月が流れたのだなあ。時代が大きく変化していることが伺える。

20年という歳月は、社会だけでなく個人生活にも変化をもたらす。書簡には各々の人生の一端が刻み込まれている。
ヘレーンの生活環境はどんどん変わってゆくが、ヘレーンとマークス社との交流は次第に深まってゆく。一方、時を経るによってFDP、フランク・ドエル、フランクと、マークス社担当の著名が変化している。
手紙の内容もまた、当初の事務的なものから、次第にプライペードまで綴られるものへと変わってゆく。ヘレーンはときどきフランクをいじめたくなるらしく、筆法鋭くなるが、そこにはユーモアが含まれている。
フランクはヘレーンのユーモアを解していたのだろう。おそらくそっと笑いながら(口を開けて大笑いするのではなく。なにせ紳士然としているから)愉しんでいたんじゃないかな。

そして1969年1月8日・・・。これはショックだった!この手紙を読んで、私はフランクに好感を抱いていることに気づいた。
フランクの手紙は決して饒舌ではないけれど、ヘレーンの手紙の文面と、フランクによる応答から、彼の人格が垣間見れる。もちろんヘレーンも同様だが。私はよりフランクに親しみを感じた。私が想像する本物のイギリス紳士、という感じがする。
解説もまた味わいがあるのだけれど、これ以上語るのは無粋だろう。書物好きによる海を越えての善意の交流が綴られた、愛すべき本。本好きの人はぜひ手にとってみてほしい。(2006/6/3)

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是非読んで見ます

はじめまして。ブログ村から来ました。読んでおられる本、私の好みと近そうです。

この本、とても関心を持ちました。是非読んで見たいと思います。チャリング・クロス通り、よく通ります。喫茶店に入ったり、劇場に行く途中であるいたりします。駅もチャリング・クロス駅(クリスティーの作品で有名な)はよく利用する駅です。そう言うわけで、一層親しみを持ちました。Yoshi

チャリング・クロス

★Yoshiさん

はじめまして。
この本は心地よい本だと思います。気に入ってもらえたらうれしいのだけれど。
チャリング・クロス通りよく通るのですか。いいなあ。
チャリング・クロスは、ロンドンのほぼ中心なんですよね?ロンドンは行ったことがないので、実際にはどんな雰囲気なのか、なかなか想像できないんです。

先日読んだアラン・G・トマス『美しい書物の話』(晶文社)の本に(第3章)、1800年代初頭のチャリングクロスとロンドンの図版が少しだけ載っていたんです。
どう見ても、都会という感じではない感じ。当時のオックスフォード通りの図版も(2葉かな?)載っているんですが、どこか長閑な感じのする絵でした。

Charing Cross今昔

H2さま、お返事ありがとうございました。チャリング・クロスのあたりは、劇場が多く今はウエスト・エンドの繁華街で、ロンドンでも最も人通りの多い地域ですが、「ウェスト・エンド」というのはつまり西の町外れ。1800年頃は、ロンドン郊外で、畑や緑地が多かったことかと推測します。オックスフォード通りの、セルフリッジなどのデパートがある大ショッピング街は更にその西に向かって延びていますので、昔はもっと郊外ですね。昔の市街はCityと呼ばれる地区で、今は、裁判所、法学校などと共に、証券取引所やBank of England、そして金融関係の会社が多くて、Cityと言えば金融街の代名詞みたいなものとなりました。

新しいエントリーのフィデルマ・シリーズ、私も長年愛読しています!私の一番好きな女性探偵かな。もう一人は、V・I・ウォシャウスキーです。
Yoshi

ウェスト・エンドなのですね

★Yoshiさん

チャリングクロスは中心部ではなく、ウェスト・エンドなのですね。元々は村だったというのは本で読んだのですが、いまはロンドンの中心みたいに書かれていたので鵜呑みにしていました。中心というのは繁華街という意味だったのかなぁ。
cityというのは、昔は市街のことだったんですか。cityというと、やっぱりウォール街のような金融街というイメージがあります。

ウォシャウスキーは未読ですが、確か強い女性だったような・・・。
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