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対訳ディキンソン詩集/エミリー・ディキンソン

対訳ディキンソン詩集
エミリー・ディキンソン

My評価★★★★★

編訳:亀井俊介
岩波文庫(1998年11月)
ISBN4-00-323101-5 【Amazon


アメリカを代表する詩人の一人エミリー・エリザベス・ディキンソン(1830-1886)は、米ニューイングランドに生まれ育ち、生前に発表した詩は10編のみという無名の詩人だったのという。訳者まえがきによると、19世紀末から20世紀初頭に発見されたのだそうだ。
訳者あとがきによると、この文庫はトマス・H・ジョンソン編による『The Poems of Emily Dickinson』(1955)という全詩1775篇から、50篇をセレクトしたもの。解説と訳注が付されている。

私の気に入ってる幾人かの本で、ディキンソンの詩が引用されていたり献詞が捧げられていたりしていたので、この詩人と詩がとても気になっていた。岩波文庫から「アメリカ詩人選(3)」として、この対訳が出ているのは知っていて手に取ったこともあるのだけれど、これまでは、なかなか本腰を入れて読むところまでいかなかった。
なんとなく取っつきにくかったのだ。難しい言葉は使われていないのだけれど、易しい詩ではなさそうだったから。
今回初めて読んでみたわけだけれど、一読では掴みきれなかったので、幾度か読んでみた。それでもまだ掴みきれていない。難しい言葉が使われているわけではないし、難解というわけではないのだけれど、現代日本人の私にとって、信仰心を理解するのは困難。それでも、この一冊手でディキンソンがとても好きになった。

気に入った詩を一つだけ選ぶなら、いちばん完成度の高そうな下記の詩。訳注によればコオロギの鳴き声を通して語られているのだそうだ。小さなものを通じて語られる、彼女の世界観がよく現れていると思う。訳注によると、この詩は最高傑作の一つという評価がほぼ定着しているという。

鳥たちよりもさらに夏おそく(p155)

鳥たちよりもさらに夏おそく
草むらのかげで悲しげに
ちっちゃな群れが挙行する
人目につかぬミサを。

正餐式は見えず
恩寵の到来もゆるやかで
ミサは物思いに沈んだ惰性となる
孤独を拡大しながら。

八月が燃えつきようとする頃
真昼というのにたいそう古めかしく
この幽霊のような聖歌はわき上がり
寂滅を表象する

恩寵はまだ取り消されたわけではなく
輝きに影はさしていない
だがドルイド的な変化が現れて
いま「自然」をたかめる


この本を幾度か読んで思ったのは、あまり詩を読むことがないのでよくわからないけれど、彼女のような詩人は二人といないんじゃないかな。
ディキンソンの詩は難解と言えなくはないが、難解と言うよりは独特なのだ。彼女の世界は、一見すると(ミニマム的な印象の)限定された小さな世界のように思える。けれども、字面から受ける印象よりずっと広大で深遠さがある。
これらの詩は、想像力を働かせないと理解しにくいんじゃないかと思う。理解しようとするよりも、無心に読むこと、それがいちばんだと思う。

当時、西欧では産業革命の時代だった。そんな時代に生きたデンキンソンの詩だが、信仰的な部分は抜きにしても、現代人に通じるものがあると思う。それは、死を見つめそこから逆に生を想う彼女の強靭さ、自分自身であろうとすると強さ。強さとしなやかさ、さらにユーモア感覚。そして、羽ばたき、まるで飛翔するかのような詩群。そうしたところに、現代人が忘れてしまった何かがあると思うのだ。
とはいえ、彼女の世界がまだよくわからないので、今後も読み込んでいきたい。これから何度も読んでいきたい、そう思わせる詩集だった。詩集はそうそう読むことはないのだけれど、「何度も読みたい」と思える詩集に出合えることは、私にとっては稀である。(2007/3/12)

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