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霧の橋/乙川優三郎

霧の橋
乙川優三郎

My評価★★★★

解説:北上次郎
講談社文庫(2000年3月)
ISBN4-06-264820-2 【Amazon


1997年、第7回時代小説大賞受賞作の文庫化。
紅屋の主人・紅屋惣兵衛は、元は江坂与惣次と言う武士だった。 与惣次は乱心者から女を庇って殺害された父の仇を討ったが、藩から放逐されて野に下った身。 いまでは紅屋の主人として、妻の「おいと」と小店ながらも商いに励んでいた。
そんな紅屋に乗っ取りの魔の手が迫る!
惣兵衛は店を乗っ取られまいと武士の意地をみせるのだが、心の底では、自分がいまだ商人になれきれていないと思っていた。そのためおいととの夫婦仲に擦れ違いが・・・。
おいとは惣兵衛の身を案ずるのだが、惣兵衛は元武士のためか頑なだった。

********************

この物語は以下の三つの主題をもって展開しています。
(1)惣兵衛の父親の死と、その死に関わる女のこと。
(2)店を乗っ取ろうとする大店の策略。それに対する武士の意地と知恵とでの攻防戦
(3)惣兵衛とおいと夫婦間の擦れ違い。
突き詰めれば(1)と(3)は愛情の問題なので、簡単には窺知できない男女間のことが二重に展開されていると言っていいのでは。そこに父親の死と商売上の陰謀が絡むので、嫌が上にも緊迫感が増していると思いました。それでいて決して慌しくはならず、感情の機微を丁寧にじっくりと描かれています。

すべてが終わり、新たに始まろうとするときの清々しいこと。 作者の並々ならぬ筆力に感服しました。藤沢周平亡き後の時代小説の担い手は、乙川優三郎しかいないと思いましたね。

ただ一点不満を挙げれば、父親の事件から紅屋へと話が移るときに戸惑いました。
父親も「惣兵衛」という名前なので、死んだと思ったけど実は生きており、武士を捨てて紅屋となったのかな?と思っちゃったんです。 ところがしばらくして、息子の与惣次が父親の名前を引き継いで改名し、紅屋惣兵衛となったことが判明。
つまり、一瞬とはいえ「主人公がわからない」という混乱がありまくした。おそらく時の経過を表すためではないかと思われるのですが、出来れば避けてほしかったな。(2001/6/10)

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北に吹く風/宇津志勇三

北に吹く風
宇津志勇三

My評価★★★☆

本の森(2006年7月)
ISBN4-938965-82-8 【Amazon


平城京の都へ出て、ツテを辿って官職を得ようとした20歳の畑井靖人(やすと)。やっと得た官職は、夷狄を律令下に置くための組織・出羽柵への派遣管だった。
靖人は夷狄の人と親しくなり、狩猟に頼る彼らに、開墾して稲を植えることを勧める。靖人の人柄に夷狄の人々は心を開いてゆく。

中央から出羽柵北上が命じられ、その仕事に靖人が大抜擢される。太平洋側から夷狄の土地を通って、日本海へ抜ける陸路を造る。要は二つの貿易港を繋ぐためのルートを造り、秋田側にも朝廷の活動拠点を造ることだった。
長官の難波が靖人を抜擢したのは彼の能力は元より、人柄によるところが大きい。武力を行使して道を開くことはできるが、夷狄の協力がない限り、維持するのは困難だからだ。夷狄の協力を得るには、夷狄と友好関係を築くことのできる靖人のような人物こそが、最も適任と判断したのだった。
朝廷から、多賀柵から秋田柵までの直通路完成の勅命が下った。藤原麻呂を特節大使とする征討軍が、蝦夷地の秋田へ進軍するためだった。
靖人は両者の戦いを避けるために奔走する。

********************

古代東北を舞台にした歴史小説。2004年第17回銀の雫文芸賞の最優秀賞を受賞。宮城県考古学会の現会長による序文有り。
『続日本記』に綴られている出来事から発想を得たそうです。奥付のプロフィールによると、著者は会社を定年退職した後、小説や句作を書く日々を送っているとのこと。

プロの作家ではないのだけれど巧い。この手の話にしては少ないであろうページ数なのに、よくまとめていると思います。古代日本を舞台とした小説というと難しく思われるのだけれど、とてもわかりやすくて読みやすかったです。日本史は苦手だけれど、難なくついていけました。
そして、近頃では珍しい(と私は思う)、さわやかで清々しい読後感。この清々しさは一重に靖人と、彼と交流する夷狄と呼ばれる人々、難波などの人物造型にあると思います。彼らの「人」としての交流にあると思う。

天平年間、朝廷は最北機関である多賀城(宮城県多賀城市)の城柵(出羽柵)を、秋田の高清水岡に遷したという。城柵とは、朝廷の支配下にない東北の蝦夷あるいは夷狄を律令制に組み入れるための組織、または調停・防衛機関らしい。
その城柵を、なぜいっきに100キロメートルほども移動させなければいけなかったのか?しかも厳寒に。また、なぜそれを可能ならしめたのか?敵国の地に道を通すのに?といったような疑問から出発した小説。

難波の考えるように、多賀城から異国である秋田へ道を通したとしても、それを維持できなければ意味がないだろう。維持するためには、武力に頼るには限度がある。夷狄と友好な関係を築いてこそ、安心して通行できるというもの。
しかし、夷狄側は反対している。一度道を通したら、そこが彼らの土地でなくなってしまう。それを恐れているのだ。
なるほど、すでにインフラが整備された現代人にとっては、なかなか思いつかないが、他国に道を造るというのはそういうことなのか。これは、確かに夷狄側の言うことに理があるだろう。

朝廷と夷狄は利害が対立する関係にあり、朝廷と夷狄との対立・衝突という構図はよくある。しかし個人対個人としてみた場合、人は必ずしも対立するばかりでなく、信頼関係を築くことができるはず。そうしたことから、歴史に別の見方を示したのではないかと思います。
それを楽観的と思う人がいるかもしれません。けれども、サラリと書かれているが政治的な駆け引きもあり、作者がシッカリ考えていることが窺えました。
人は互いに真摯な気持ちがあれば、バックボーンを抜きにして人間同士として交流することができる。そこにこの作品の妙味があると思います。欲得抜きで人を信じることができ、彼らのために奔走する靖人だからこそ、相手も靖人を信じることができる。そのような信頼が人間関係を築くのだ、と。
殺伐とした現代において、靖人のような人物、彼と夷狄たちの関係がとても清新に感じられてなりませんでした。(2006/9/12)

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インドの樹、ベンガルの大地/西岡直樹

インドの樹、ベンガルの大地
西岡直樹

My評価★★★★

解説:下川裕治
講談社文庫(1998年9月)
ISBN4-06-263869-X 【Amazon


インド西ベンガル州(首都はカルカッタ。現在は現地語読みのコルカタ)の樹々や花々、現地の人々の生活を綴ったエッセイ集。著者自身が描いたカラーの美しいポタニカルアートも収録。文章もいいのですが絵が上手いですね。
沙羅双樹や夢憂樹(ムユウジュ)、インド菩提樹など、仏教にまつわる木々について、ボタニカルアートと共に詳しく載っているんです。東南アジア圏で見かける植物についても知ることができました。

著者は1973年から1978年にかけて西ベンガル州に留学し、ベンガル人の一家と家族同様に暮らしたとのこと。その後、幾度も日本とベンガルを往復したり、夫婦ともにベンガルで暮らした。そして樹や花をスケッチし、それらの植物に関する神話や民話なども収集。珍しい樹があると聞けば出かけるのだそうです。
主に、現地の人々と彼らの身近にある植物との関わりに焦点を当てています。香辛料としてのタマリンド、祭壇に供えられる植物、モフワの花の酒など、様々な植物が生活に密着していることがわかりました。

留学してベンガル人の一家と家族同様に暮らしによって現地の人々の溶け込み、旅人の目から見たベンガルではなく、日常生活のベンガルと彼らの祭りなどの風俗を描いています。
ベンガル・・・その地にはなぜか郷愁を誘われるんですよねえ。そこでは花々の香りが漂い、人々はあくせくせずゆったりと暮らし、時の流れはゆるやかに感じられる。生活水準は低く、インフラは整備されていないけれども、それでも豊かに感じられるのはなぜだろう。
もっとも本書で書かれた時代は主に70年代のことなので、開発の進んでいる当代とは異なるでしょうが。

著者の想いは美化されているように感じられなくもないのですが、馥郁とした花の香り漂う大地、その地に住まうのびやかな人々は、いつまでも失せてほしくないと思います。そう思わせるものが伝わってきて、そんな何かが彼の地には確かにあるのでしょう。(2003/11/30)

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